松韻亭 @浜松

生い茂る木立、ゆるやかな上り坂の先に見えるのは簡素な数寄屋門

浜松城公園の一角にある松韻亭は、資生堂アートハウスを設計した谷口吉生による数寄屋と茶室建築です。

 

 

数奇屋門をくぐり、木立の中をしばらく散策するように進んでいくとコンクリートの壁が現れます。

この時点では、コンクリート壁に遮られてまだ建物は見えませんが、コンクリート壁の切れる手前から延段のような石畳が現れ、壁の先へ来訪者を誘います。

谷口建築の特徴でもあるアプローチの仕掛けがここでも見られます。

 

 

石畳に沿って角を曲がると松韻亭の玄関が正面に現れます。

この建物は浜松市の公共施設として作られ、広く茶会に利用され、立礼席では、気軽に抹茶をいただくことができます。

ちなみに、設計は谷口吉生、施工は水澤工務店という最強タッグで作られており、その建築を鑑賞しつつ、気軽に抹茶をいただけるのは、とても贅沢です。

 

 

建物正面の左側にある格子の壁

 

 

軒先の垂木は下側に向けて幅を絞ってあり、見上げた時に細く軽やかに見えるよう細工がされています。

 

 

格子の足元は床からわずかに透かしてあり、石張りの路地に格子の影が美しく写り込んでいます。

 

 

松韻亭の主棟

水平に延びた深い軒下の陰影が美しい外観。そしてそこから長く突き出した月見台が目を引きます。

基本的な和の様式を踏襲しつつも、構成要素を削ぎ落として、より抽象性を増しています。

 

 

立礼席の広間

天候のよい季節には引戸が開放されて、空間が庭へと広がるとても気持ちのよい空間です。

 

 

庭へ延びる軒下空間を支える柱はには強度の高い栗材が使われており、六角形の柱断面は奥行きに対して正面側を極限まで細く見えるように絞り込んでいます。

このあたりも、現代における数寄屋建築をめざした谷口のセンスが感じられます。

 

 

立礼席の天井は、2段に重ねた天井の段差部分に仕込んだ照明からの光がにじんだ様子がまた美しい。

 

 

天井の奥から降りてきたような照明のデザインは、ホテルオークラの照明を想起させます。

 

 

庭に独立して建つ茶室 萩庵

主棟を出て、木漏れ日に包まれる園路を歩いた先に現れる凛とした佇まいになんとも趣があります。

 

 

飛び石やにじり口、柱や垂木の部材など、茶室建築の伝統に沿ったつくりですが、より直線が意識された意匠になっている感じがします。

 

 

こちらの軒下もかなり繊細です。柱は細く、軒先は薄く、軽快でありながらも精緻なつくりです。

松韻亭は、伝統の中にある建築をどのように現代化するか、そのことを模索しながら、熟慮を重ねて生み出された建築なのではないか?

さりげなく見える姿ながら、そこには滲み出る繊細な造形とディテールがあり、現代建築の大御所たる谷口吉生の強い意思を感じる建築でした。

 

2026.6.14 設計事務所 TIME

資生堂アートハウス その2

谷口吉生設計の資生堂アートハウス、前回は敷地入口から建物までのアプローチをご紹介しました。写真の奥には中庭状に囲われたスペースに彫刻が置かれており、アプローチする来館者にとってのアイストップになっています。

 

 

資生堂アートハウスの平面図

上の写真は平面図の右上から斜めの壁をたどって、左側の大きな円にくり抜かれた中庭を見たもの。

アートハウスは四角と丸という2つの図形を組み合わせた平面構成で、左側は大きな丸の中に小さな四角が、右側は大きな四角に小さな丸がそれぞれ内包されて、内外が逆転するメビウスの輪のような関係です。さらに、その二つのボリュームをつなぐ廊下とアプローチには、それぞれ異なる斜めの軸線が加えられています。

一見、単純図形の組み合わせによるシンプルな構成ですが、四角と丸に斜めの軸線を加えた空間操作が劇的なシークエンスを体験させてくれるのです。

 

 

建物の中に入り、受付を抜けるとT字型の開口を通して、屋外の庭へ視線が抜けていきます。T型の壁の奥には半円状の黒い階段があります。

階段を昇って左方向に進むと大きな四角の展示室へ、階段を昇らずに手前の廊下を右に進むと大きな丸い展示室につながっており、来館者は、どちらに向かうか、ここで選択することができます。

 

 

足の向くままに向かったのは大きな丸い方の展示室

大きな丸の中には、さらに小さな四角の展示室が内包されています。ここは、展示用の壁で仕切られて外光が抑制されていますが、完全に閉じることはなく、外側の丸いの展示室とゆるやかにつながって、心理的な広がりを感じさせます。

 

 

四角の展示室を進むと外側の展示室へつながる階段が見えてきました。

目の前に階段があると、なぜか、その先に何があるのか気になって昇ってみたくなりませんか?

そんな人間の心理をくすぐるように、適度な段数の階段は、その先に明るい空間を用意することで、さらに来館者を誘います。

 

 

四角の展示室からその外側にある丸い展示室へ

少し暗めの空間から、視線が屋外に広がる開放的空間に。暗から明、閉から開へ、そして四角から丸へ、明確な場面転換がデザインされています。

 

 

丸い空間は270度のパノラマ状に開いていますが、開口部の高さはやや低めに抑えることで、水平方向への広がりが意識されています。

 

 

丸い展示室を抜けると四角い展示室につながる長い通路状の空間に出ます。

ここは2種類の展示空間の間にある、まさに「間」になっていて、ブロイヤーのワシリーチェアに座って、庭を眺めながら一息つける場を提供しています。

この空間の特徴は、なんといっても内外を仕切る斜めの壁。2層分の高い天井に対し、奥に向かって通路の幅が絞られてパースの効いた抑揚のある空間です。

 

 

庭に開いた開放感あふれる通路空間

通路でありながら、ガラス越しに屋外彫刻を味わうことができるようになっていて単調になりがちな移動空間を豊かな場に仕立て上げています。

 

 

通路を抜けて四角の展示室へ

この展示室は2層の連続する空間で、緩やかなスロープを昇って上の展示空間へ導かれます。

 

 

スロープの途中から通路空間を見返したところ

スロープによる高低の変化と斜めの壁による幅の変化が組み合わさって3次元のダイナミックな空間が展開しています。

 

 

丸と斜めの直線によるコンポジション

 

 

抽象的な壁とガラスの手すり

回り込む外光と天井の抑制された照明によって生まれる表情は、どこを切り取っても簡素で美しい。

 

 

四角い展示室は2層に分かれながらも吹抜けで一つにつながった空間で、圧迫感や閉塞感のない心地よい空間です。

 

 

2層吹き抜けの展示空間による、高低の変化と視線の変化が観賞者を飽きさせません。

 

 

2層の展示室の下側から見上げたところ

水平の広がりが感じられる上の空間に対し、下の空間は天井が高く。縦方向の広がりを持っています。

 

 

四角の展示室を巡って通路に戻ってきたところ

四角の中に内包された丸い中庭も屋外展示空間になっています。

 

 

通路を戻って中央の丸い階段へ

 

 

この階段を降りるとロビーに戻ります。

平面図だけではなかなか想像できないほど多様な空間が展開し、その変化する空間体験を展示作品とともに味わうことのできる建築でした。

しかし、変化に富む空間は決して大袈裟ではなく、流動的につながりながら滑らかな変化を見せていました。

それは、線の数を減らし、簡素な仕上げで空間をつくり出す谷口吉生独特のデザインが存分に生かされていたからでしょう。

館を後にしつつ、まるで1本の映画を見終わったような感動とその余韻がこころに残る建築でした・・・・・感謝。

 

2026.6.6 設計事務所 TIME

資生堂アートハウス その1

資生堂アートハウスをご存知でしょうか?

資生堂の文化施設といえば、東京銀座のギャラリーを知る人はいるかもしれませんが、このアートハウスは静岡県掛川市にある資生堂の工場施設の一角に設けてあります。掛川駅からも近いので、新幹線の車窓から一瞬だけ外観を見ることができます。

この施設は、建築家 谷口吉生41歳の時の作品で、建築学会賞を受賞した谷口の出世作として知られています。

しかし、建物は掛川という地方都市のしかも一企業の施設内にあり、平日しか開いていないため、一般の人にはほとんどその存在が知られていません。

自分にとっては、大学生の時に雑誌で見た建物の平面図の斬新さに衝撃を受け、いつかは見に行こうと思いながら、40年もの間、その機会を逸していました。

ところが、このアートハウスが今年の6月で閉館するということがわかり、たまたま浜松に行く機会を利用して、遂に見学することが叶いました。

話が長くなりましたが、大学生の時に雑誌で見た衝撃に勝るとも劣らない、それ以上の感動的な空間体験を与えてくれたその作品を。少しでもご紹介できればと思います。

なお、アートハウスは6月27日をもって閉館します。建築マニアの方は、ぜひこの機会に見学に行かれることを強くお勧めします!

資生堂アートハウスHP

 

 

一面芝生に覆われた古墳のようなマウンド?

資生堂掛川工場内の駐車場からアートハウスの敷地に入ったところ、ここからは建物の姿は全く見えません。

人々を迎えるアプローチにしてはなんともそっけないのですが、不思議なマウンドと建物の不在が、逆に「何かあるぞ!」と思わせるトリッキーな仕掛けを感じさせます。

 

 

曲線を描くマウンドに沿って道を進んでいくと、その先にマウンドを斜めにカットする人工の構造物が見えてきました。

 

 

斜めのカット部分までやってきました。

ようやくここで建物が現れるのです!まるで目隠しされて進んできた先で、目隠しを外されたような鮮やかさに似ています。

斜めの壁は、まるで鋭利な刃物のようにマウンドを切り取り、まっすぐに延びたその壁が、来館者を奥へ奥へと誘うのです。

日本建築の一つの特徴でもあるアプローチの妙、すなわち、あえて入り口ですべてを見せずに、焦らしながら長い距離を歩かせたのちに建物へアプローチされるという、空間演出が、ここに見られます。

これは、昨年訪問した秋野不矩美術館でも見られた演出ですが、ここでは最小限の空間的要素だけで構成されていて、ものすごく作為が薄いにも関わらず、その薄味で最高の効果が現れているのです。

このアプローチを体験しただけで、すでに谷口マジックに完全にやられてしまいました。感嘆のため息を吐きながら建物の中へ進んでいきます。

この先はまた次回をお楽しみに。

 

2026.5.30 設計事務所 TIME

上勝ゼロ・ウェイストセンター

馬蹄形にカーブする独特の建物形状

上勝町にあるゼロ・ウェイストセンターは、町民が持ち込むゴミを分別し、リユース、リサイクルするための施設で、写真のストックヤードはゴミを搬入する車の動線がスムーズになるように曲線を描いたひとつながりの空間になっています。

前回の投稿でも触れたとおり、上勝町は2003年に「ゼロ・ウェイスト宣言」を行い、それを町の理念として地域の個性を磨こうとしています。

この建物は、その理念を体現するための施設として設計され、2021年の建築学会賞を受賞しています。

 

 

様々な窓がパッチワーク状に構成された外壁面

ストックヤードの奥にはに芝生広場が広がり、その広場に面した外壁は町内で集めたという700枚の建具がリサイクルされており、建物自体が町の理念をストレートに表現しています。

 

 

建具のパッチワークを中から見たところ

一つ一つ形や材質の違う建具に対し、ランダムになることを積極的にデザインとして扱い、空間に豊かな表情を与えています。

それにしても700枚もの建具をよくもデザインとしてまとめたものです。その構成パターンは無限にあるため、デザインする側も楽しみながらも苦労したのではと思うと、どれだけ粘り強く取り組んだのか、そのエネルギーを感じます。

 

 

町民の交流や企業の研修などの受け皿となるコミュニティーホール

印象的な木造の骨組みは、地元の森から切り出した杉材でつくられたもの。丸太を半割りにしただけの柱や梁をボルト接合したディテールは洗練されたデザインとは真逆の素朴なものです。

地域資源の積極的な活用や部材のロス(廃棄物)を最小限にするなど、サスティビリティを徹底して突き詰めたデザインは、一般的に言われる建築美をあえて求めず、「ゼロ・ウェイスト」というコンセプトを体現することを重視したと言えるでしょう。

 

 

床材にも廃材のタイルを使用、こちらもコンセプトを強く押し出しています。

 

 

再び、外壁にはめられた建具たち

角のドアは床から浮いた位置にはまっていて、残念ながらこのドアから建物に入ることはできません。

これはもはや機能を失ったトマソン・・・!

いやいや、ちゃんと外壁の機能も併せ持ったオブジェと言ってもよいでしょう。

つまり、この建物は「ゼロ・ウェイスト」をテーマにしたコンセプチュアルアートであり、さらに言えば、そのコンセプトを建築として体現したとも言えるでしょう。

建築は「見栄えがよければよい」とか「美しくなければいけない」という単純なものではなく、それを超えたところにある理念やそれに基づく機能がデザインされることが重要なのだと、この建築は語っているように感じます。

 

 

RISE & WIN Brewing Co. BBQ & General Store

一面に窓がコラージュされた不思議な外観

徳島市の市街地からバスで50分ほど、街から次第に郊外へ、さらに緑豊かな山あいへと風景は変化し、やってきたのは人口1190人ほどの上勝町。

山あいの風景と呼応する赤い板壁が印象的なロッジのような建物が目的地のブルワリー併設のビアバーです。

四国山地の山間部に位置する上勝町では、葉っぱビジネスが海外メディアでも取り上げられ話題となりましたが、日本で初めて「ゼロウェイスト(ゴミゼロ)宣言」を行った町としても有名です。

このブルワリーは町の「ゼロウェイスト宣言」に共鳴した地元産のビール醸造に取り組んでおり、多彩なクラフトビールを楽しめるスポットでもあります。

 

 

外観で印象的な窓のコラージュはほとんどすべてが既存の再利用でできています。ひとつとして同じ形、寸法のないものを巧みにアレンジし、コンセプトが明快なデザインとして建築化されています。

 

 

店に入るとまず目を引くのが、ボトルを吊るしたシャンデリア

これらのボトルも再利用されたものですが、奥の大開口の光を受けて輝くオブジェとなっています。

 

 

建物のアイコンともなっている吹抜けの大開口

全面の大開口によって奥行きの深い店の奥まで光が降り注ぐおおらかな空間です。

 

 

こちらの開口も既存の建具を再利用し、コラージュしたもの

開口部は、外側のリサイクル窓と内側のマリオンと構造を兼ねた木フレームで構成されています。

コラージュされたリサイクル窓の不規則な構成とあみだくじ状にデザインされた木フレームが複雑に絡み合い、その隙間を通して表情豊かな光が漏れています。

リサイクル品を多用したローコストなデザインにもかかわらず、未来のステンドグラスのように私には感じられます。

 

 

あなぶきアリーナ香川

緩やかなカーブを描く屋根が印象的なアプローチ

10月に行った四国建築視察をレポートします。まず最初に訪れたのは香川県の新しい県立体育館、あなぶきアリーナ香川

二つの屋根の間からこちら側にスロープが伸びています。末広がりのスロープを上ったところが体育館の入口です。

ゆったりした広さと明快な動線は、丹下健三設計の国立代々木屋内競技場を連想させます。1万人の観客をスムーズに移動されるという機能とランドスケープが調和して、何気ないけれどストレスを感じない気持ちのよいアプローチ空間です。

 

 

 

スロープを上ると体育館の軒下空間の先には瀬戸内海が広がっており、おおらかな開放感が感じられます。

一般的に大きな公共建築では、外は外、中は中で別々の空間に分かれていることが多いのですが、ここでは、外と中の空間が物理的にも視覚的にも混ざり合っていて、心理的にとても風通しがよいのです。

 

 

入口からつづく交流エリア

外と中が混ざり合うという考えは、室内空間にも貫かれていて、視線が瀬戸内海へと抜ける交流エリアや、アリーナと交流エリアを完全に仕切らない流動的な空間づくりなどにも反映されています。

 

 

交流空間にはガラス越しに瀬戸内海が広がる場所にキッズスペースも設けてあり、室内でありながら公園のような親しみやすい環境です。

 

 

5000人を収容できるメーンアリーナ

ちょっとピンボケですが、ゆるやかなドーム状の天井はきれいに整理された構造材と星のように配置された照明で構成され、体育館にありがちな無機質で殺風景ないやらしさを感じさせません。

 

 

観客席はパステル調の色をランダムに配置してあり、グレー調に抑えられた室内空間に爽やかな色を添えています。

 

 

再び建物を出て、体育館の先にある瀬戸内海が広がる広場へ

広場は体育館とは道路で隔てられた別々の場所になっていますが、体育館の動線を海側までつなげて空間的に関係付けたことで、一体感のある生きた場所になっています。

まちと海との間に配置された体育館、そしてそれらとひとつながりの空間として設計としたことで生まれた相乗効果によって、まちと自然、そしてそこでの人々の活動が一体となる、とても魅力を感じる場所でした。

 

 

住まいづくりの会 四国視察

瀬戸大橋を渡り、四国へ

設計や施工で建築に関わる有志による住まいづくりの会、年に一度の建築視察で今年は四国へ行ってきました。現在3つの工事が進行中で現場に追われる日々ですがこの企画を楽しみにしてくれている仲間のために、なんとか時間を見つけて視察先の建築と行程を組み立て、人数分のホテルを確保し、視察一週間前にようやく計画をまとめました。

今回も建築のビルディングタイプや建設年代は多種多様ですが、四国のもつ独自性や地域性に対し、建築家がどこに注目し、何に重きを置いて建築をつくりあげたのか、その思いを探りつつ、建築の持つ力を体感しようという目的です。

 

 

こちらは香川県高松市に完成したばかりの最新建築です。

 

 

一方こちらは明治時代の建設による伝統的な五重塔

 

 

伝統木造を新たな視点でデザインしたインテリアの習作などもあり、バラエティ豊かな建築たちをこれから少しずつ紹介していきます。

 

 

圧巻の存在感

長方形のボリュームの左右に三角屋根の建屋が噛み込んだ特異な外観

昭和生まれの画家、秋野不矩は新しい日本画の創造を求め続け、インド滞在をきっかけに異国の地の人と風景を主題とした壮大な作品を生涯にわたり多数描きました。(秋野不矩美術館HPより)

美術館の外観は、インドの大地のもつ力強さや荒々しさがそのまま建ち上がったようなダイナミックな造形です。

 

 

自然石のスレート屋根と塗り壁の外壁

これは縄文時代の遺跡です、と言われても不思議ではないような表情は、現代のツルツルした人工的な建築が失ってしまったリアルな質感と力強さを持っています。

 

 

壁から突き出した樋の落とし口

こちらも原木を削り出しただけの原始的な造形が、荒々しい壁に影を刻みます。

 

 

外壁のディテール

日本伝統の繊細な塗り壁とは対極的なこの壁は、「仕上げた」というより「格闘した」と言った方がふさわしいような強烈さです。

画家がめざした新たな日本画の創造やインドで獲得した大地の表現が、そのまま建築の姿として宿ったような、圧倒的な存在感を放っています。

 

 

巧妙なるアプローチ

緑豊かな山懐に延びる一本の道

道路脇にはレトロな木製の電柱、そして奥には何やら宇宙船のような小屋が垣間見えます。

秋野不矩美術館は、浜松市の郊外、仁保川近くの丘の上に位置します。丘の下にある駐車場からは美術館が全く見えませんが、ここでは、建築家が仕掛けたと思われるアプローチの妙を味わうことができるのです。

 

 

グーグルマップで見ると、中央の丘の上に位置する美術館へは、左脇にある駐車場から曲がりくねる坂道を上り、さらに道をUターンしてようやくたどり着くようになっています。

自然の地形を巧みに生かし、わざわざ長い坂道を歩かせて、道を折り返した先に美術館が現れるという仕掛けは、アートに触れる非日常の時空間へいざなうアプローチとして、実に見事な演出です。

 

 

坂を上った折り返し地点

ここまでは美術館に背を向けるように歩いてきましたが、ここで振り返ると、ようやく美術館が目に入ります。しかし、ここでも来館者をじらすように、手前に樹木を置いて、美術館の全容はまだ見せてくれません。

ちなみに、右脇に見える宇宙船のような小屋は、離れの茶室です。

 

 

坂道を折り返すとようやく美術館正面の大きな壁が見えてきました。

ここからは一直線、坂を登るとともに視界が開け、少しずつ美術館の全容がわかり、来館者の期待感を高めていきます。

 

 

坂道を歩くこと約5分、ようやくたどり着いた美術館とご対面。

距離と時間を使い、場面転換を行いながら人を奥へ奥へと誘い込み、最後の最後で全容を展開する。そこには、伊勢神宮などの神社にも通ずるアプローチの巧みさを感じます。

この美術館では、見たこともないような不思議な造形ながら、その堂々とした姿で来館者を迎えてくれるのです。

 

 

人間にとって大切なものや本当の豊かさとは?

昨年秋から10回にわたりレポートしてきた熊本視察、今回見学した建築がもつ意味を改めて振り返ります。

建築の文化的な価値の向上を目指して始まった熊本アートポリス事業からまもなく40年、日本が最も元気だったバブル期に始まった時代性もあり、著名な建築家がデザインを競い合う博覧会のような建築が、地方に文化的な刺激を提供しつつも、地域や人のくらしとはどこか遊離したよそよそしさを感じさせました。

その後、日本は長い経済の低迷期が続き、地方は高齢化と人口減少が進みました。そのような状況下に起こった熊本大震災で、地域はさらに大きなダメージを受けました。

一方で、バブルを経験した日本人は、様々な豊かな経験を通じて、多様な価値に触れ、個人が自立した価値観を持つようになり、地方でも地域独自の文化に視点を持って表現される建築が生まれるようになってきました。

上の写真「喫茶 竹の熊」は、まさにローカルな地域の持つ豊かさを丹念に見つめ、その豊かさを建築を通して表現しています。特に斬新でも派手でもない、昔からある当たり前の構法を使いながら、地域の環境と調和する空間構成で新たな価値を生み出しています。

 

 

熊本市内にある神水公衆浴場は、震災での経験から生まれたコミュニティの再生事業のような存在です。個人個人が独立し、コミュニティが希薄になった現代にあえて共同性を持ち込み、住民同士をつなぐ地域の欠かせない拠り所をつくっています。

 

 

古い商家をリノベーションした珈琲回廊は、まちへのプライドを感じさせる秀作です。バブル時代は新しいものが是であり、古いものや過去のものには目が向けられませんでしたが、ここでは地域の歴史的な価値をしっかりとリスペクトし、現代の価値とも上手に融合させて再生させるという、優れた感性とデザイン力に満ちています。

 

 

震災で建物が倒壊した敷地にカフェというかたちで新たな交流拠点を生み出したOMOKEN PARKは、収益を最大化する商業主義建築とは真逆の最小建築で、それによって生まれる心地よい余白がまさにみんなの公園となり、ここに集う人をいざない、商店街に新たな風を吹き込んでいます。

これらの建築には派手なデザインや見た目の斬新さは見当たりませんが、自然や歴史、コミュニティなどがもつ地域独自の価値を丹念に読み取り、人とくらしをより豊かなかたちでつなぐ場となっています。

人間にとって大切なものとはなにか? 本当の豊かさとはどのようなものか? それを改めて考えさせてくれる貴重な機会となりました。