臼杵の家、新聞掲載

一昨年の秋に完成した大分県の臼杵の家
このたび大分合同新聞の住宅特集にに掲載されました。
 
周南市からは車で約4時間、設計から完成までに2年余り、
長い時間を感じるプロジェクトゆえに、とても思い出深い仕事でした。
 
先日、建築家の磯崎新氏がご逝去されましたが
大分県は礒崎氏の出身地で県内にも幾つかの代表作を残されています。
 
その礒崎氏の薫陶が根付いているせいか
大分県内には建築に対する意識の厚みのようなものを感じます。
 
改めて、彼の地にて設計した建物がこのような形で
取り上げられたことに感慨を覚えます。
 
 

余白のある時間

あけましておめでとうございます
 
令和になって5年目を迎えました。
世界は激しく動揺し、私たちの日常も日々変化を続けています。
 
 
タイムパフォーパンスの略語ですが、
時間あたりの効率や満足度を意味することばです。
 
確かに、自分も動画の倍速視聴をすることが増えた気がします。
忙しい現代社会では、少しでも効率よく情報を得たいものです。
 
それでも
効率や結果を優先することが行き過ぎてしまうと
ただただ時間を消費するばかりで、
心に深く刻まれることは逆に減っていくような気がします。
 
時間の長さは誰にも平等のはずですが
その時間をどのように使うのか、そしてどのように過ごすかによって
結構、人生が変わるような気がします。
 
忙しい現代だからこそ、オルタナティブとしての「時間の価値」があると感じます。
 
 
 
 
 
この写真は、南フランスのフレジュスというまちの広場でのひとときです。
 
詰め込むではなく、ゆったりと過ごす目的のない時間、
それは余白のある時間と言ってもよいでしょう。
 
決して無駄な時間ではなく、豊かな時間。
 
慌ただしく、不穏な日々が続く中でも、
少しでも穏やかに、そしてゆったりと過ごせる、
そんな豊かな時間と場を大切にデザインしていきたいと思います。
 
本年もよろしくお願いします。
 
 

魁講座@徳山高校

母校の高校にて、進路選択に生かすための職業人講座を行いました。
建築家がどんなことを考え、その考えを形や空間にしていくのか、
その他、仕事の難しさややりがいなどをお話ししました。
 
 

 

講座で紹介した整形外科です。
 
この病院では患者にとってリラックスできる空間をつくることを目指し
周辺環境を味方につけることでそれを実現したことをお話ししました。
 
具体的には、道路の対面にある高校の土手の緑(写真左側)を借景に使い
待合室やリハビリ室から四季折々の緑の風景を感じられるようにしています。
 
 
 
 
 
待合室から土手の緑を見たところ
 
風景をより美しく見せるため、3mの高さにある庇で風景を切り取り
窓枠や柱をできるだけ省いて風景の邪魔にならないようにしています。
 
 
 
 
 
 
柱を省略するためにトラス構造の梁(黄色の破線部分)を使い
柱を支える間隔を通常の2倍以上広げるなど
構造の工夫によって実現したことなどもお話ししました。
 
 
 
 
 
 
城ケ丘の家では、
敷地の制約を逆手にとって居心地のよい環境をつくるための
様々な工夫についてお話ししました。
 
 
 
 
 
 
 
こちらは敷地回りの配置図です。(灰色部分が敷地)
 
隣地の建物や間口の広い道路からのプライバシーが確保しにくい状況で
さらに、敷地形状が不整形で扱いにくいという制約もありました。
 
 
 
 
 
 
一方で、設計で目指したのは
上の写真のように開放感のある室内と庭が一体につながる
日本の伝統的な居住空間が持つ心地よさです。
 
一見、相矛盾するようなテーマですが
それを実現するために2つの建築を参考にしています。
 
 
 
 
 
 
プライバシー確保のためにヒントにしたのが中庭空間です。
スペインのアンダルシア地方には真夏の日差しを遮るために
家を囲い込み、中庭と室内を一体で暮らす伝統的な住居があります。
 
私もセビリアの町で実際に泊まったことがありますが
家の中と外の境界が曖昧につながった心地よさを実感しました。
 
今回は、この中庭を日差しの代わりに視線を遮ることに利用しています。
 
 
 
 
 
 
もう一つ、不整形な敷地への対応では
ブルガリアの山深くに建つリラの僧院を参考にしています。
 
 
 
 
 
 
リラの僧院を平面図で見ると真ん中に礼拝堂(黒い建物)があり
そのまわりを修道僧の宿所が取り囲むように建っています。
しかも、宿舎はかなり角度を振った形になっています。
 
その間には不整形の中庭が存在し
実際にその場に立ってみるととても動きがあり
場所ごとに見え方が変わるとても魅力的な空間でした。
 
 
 
 
 
 
 
2つの建築をヒントに
不整形な中庭という形式で家を配置したのがこの図です。
 
隣地の建物に対し
「くの字」型の母屋(白い部分)を敷地形状に合わせて置き
道路側にも離れ(茶色の部分)を配置して視線を制御しています。
 
ただし、日本の夏の湿度を考慮して完全な中庭にはせず
2箇所ほど切り離すことで風通しも確保しています。
 
 
 
 
 
 
道路側から見た外観です。
 
白い母屋と茶色の離れの間には植栽を生垣状に植えて
外からの視線を制御し、風通しは確保しています。
 
さらに周辺に対して緑の潤いも提供するという
一石三鳥の役割をこの植栽に託しています。
 
 
 
 
 
 
中庭空間は不整形で動きがあり、とても風通しがよいのです。
夏場は母屋と離れの間にオーニングを渡すことで快適に過ごせます。
 
 
 
 
 
 
室内から見たところ
 
中庭にはウッドデッキを敷き、開口部を大きくとって
室内と庭とが一体でつながる開放感のある空間を実現しました。
 
差し込む朝日は季節ごとに角度が変わり
四季折々の変化を感じられる居心地のよい空間です。
 
このように敷地の制約も積極的に受け入れながら工夫を凝らすことで
標準的な敷地以上に個性的で心地よい住まいができるのです。
 
設計では実現できること、できないことがそれぞれあります。
 
それでも、様々な工夫を重ねることによって
そこに暮らす人が人間らしく、生き生きと過ごせる空間をつくること、
それが何より重要であることを学生たちに伝えました。
 
 
 

中庭と緑

城ケ丘の家、中庭と緑
 
完成からまもなく9年、
道路沿いに植えた木々も成長し、どことなく南国の風情です。
 
完成当初から使っていた日よけのシェードが破損したので
先日新しいものに取り替えました。
 
まだまだ蒸し暑い日が続きますが
この日よけシェードのおかげで
真夏の強い日差しがカモフラージュされ
中庭の気温上昇を抑えるのに貢献してくれました。
 
この家にとって貴重な余白を与えてくれる中庭と木々の緑、
夏の間も心を豊かにしてくれる貴重な時間と空間です。
 
 
 

三宅一生さん逝く

デザイナーの三宅一生さんがお亡くなりになりました。

私は東京のK計画事務所での修行時代ご縁があり
三宅さんの会社が入居する事務所ビルを設計の際に
担当者として何度かお目にかかりました。
 
その中で、今でも心に刻まれているエピソードがあります。
 
設計の打合せで伺った三宅さんの事務所の会議室で
天井に埋め込まれたエアコンを指差して一言、
 
「なんでエアコンは天井についているんですか?」と。
 
エアコンの生暖かい風が頭の上から当たるので
集中して物事を考えるのによろしくない。
空調は人間が心地よく仕事ができるように設計されるべきではないか、と。
 
正直に言えば
三宅さんに指摘されるまで、そんなことを考えたこともありませんでした。
 
事務所ビルのエアコンは天井に埋め込まれているのが一般的で
それまで、その常識を疑うことも、気づくこともありませんでした。
 
しかし、
建築は本来、人間が心地よく過ごす場所であるはずです。
その本質から考えれば
確かにエアコンを天井につけるのは正解とは言えません。
 
もちろん、理想的な空調を実現するには
床暖房や床吹き出しなど、よりコストがかかる方法が必要なため
経済性を求められる建物では難しいかもしれません。
 
それはそうだとしても
人間にとってなにが大事なのか、ということからものづくりを考えること、
それを当たり前に実践されている三宅さんの哲学に触れたような気がしました。
 
ほかにも
現場で作業していた鉄筋工のニッカポッカ(裾広がりのズボン)を見て
その独特の形状を「とてもいいね〜」と感心したり。
 
別の機会には
ヘルメットのインナー用の紙帽子に興味を示したり。
 
とにかく
先入観にとらわれない眼差しにはとても刺激を受けました。
 
常識ではなく、人間にとっての本質からものを考えること。
 
先入観にとらわれず、純粋な感覚で感じ取ること。
 
これらは、今でも物事を考える起点になっています。
 
自分がデザインという仕事に向き合う上で
とても大切な気づきを与えてくれた三宅さん、
ただただ感謝です。
 
 
 

皆川明の展覧会 「つづく」

GW前の4月23日から皆川明の展覧会が福岡市美術館で開催されています。
ちょうど臼杵の家へ行った帰りに、見学してきました。
 
 
 
 
 
 
会場には、これまでにデザインした400着以上の服が並んでいます。
 
服の形はとてもオーソドックスですが
生地や柄、色合いなどはどれ一つ同じものはなく
その創作に込めたのエネルギーにため息が出ます。
 
 
 
 
 
 
定番のタンバリン
 
一見、何気ない柄に見えますが
それぞれの輪は正円ではなく、あえて微妙な歪みをもたせ
さらに細部にもこだわり抜いています。
 
 
 
 
 
 
このメモにもあるように
刺しゅうはあえてラフに、でもジンタン(丸い粒)は重ならないように
明確な意志をもってイメージを方向づけています。
 
 
 
 
 
 
この三つ葉では刺しゅうによる輪郭線が一定ではなく
毛羽立ちの具合をあえてランダムに、ラフに表現しています。
 
 
 
 
 
 
こちらの生地は、遠目にはわからないのですが
近づいてみると色違いの糸を無数に織り込んでいることがわかります。
 
そこには、人の心を動かすほどの濃密な表現が込められていました。
 
 
 
 
 
 
うさぎをモチーフにしたこちらのパターン
 
白地にブルーのうさぎを配したそのパターンはシンプルですが
ブルーの色は水彩画のような微妙な濃淡があり
人の手でしか得られない不均質な温かみが現れています。
 
それは、まるで陶器の表情に通づるようです。
 
絵付における形の揺らぎや色のにじみ、かすれやムラなど
人の手でしか生み出すことのできない、唯一無二の味わいがあります。
 
 
 
 
 
 
なかにはこんな挑戦的な服も
 
知らない人が見れば、ぼろに間違われそうですが
意図的に生地を破いているようなデザインです。
 
表地はくすんだ色なのに、
破れたところから覗くスカイブルーの鮮やかな色がとてもスリリングで
ギリギリのバランスを取っているようにも感じます。
 
 
 
 
 
 
一着一着に渾身の思いを込めて生み出されたこれらの服たち
 
皆川さんが自身のブランドを立ち上げた頃、
巷にあふれていたのはDCブランドの刺激的な服たち。
それは、バブル時代の熱狂を象徴するような消費される一過性の存在でした。
 
奇抜さや派手さばかりを競い合うようなそれらの服に対し
「特別な日常の服」にこだわって作られてきたこれらの服は
使い捨てではない、着る人一人一人の記憶を刻みながら
服とともに紡がれる時間を経て、その人にとっての愛着となっていきます。
 
このことは、建築という異なるフィールドにいる自分にとっても
バブル時代をリアルタイムで通過してきた同時代人として
とても共通する感覚を覚えます。
 
バフルの頃は、まさに建築は使い捨ての極致にありました。
とても大きな存在であるはずなのに、
非常にはかない、薄っぺらいものになっていました。
 
本来、建築は服以上に長い時間を生きるはずの存在です。
そこで日々積み重なる時間が暮らす人や家族にとって
かけがえのない時間となり、それがいつか愛着となるように。
 
皆川さんのものづくりを通して
改めてその思いを確認することのできた貴重な機会です。
 
 
 

works に臼杵の家と大神の家2をUPしました。

ホームページのworks に臼杵の家と大神の家2をUPしました。

 
 
臼杵の家は、建主のつくる繊細なお菓子のように
簡素な素材と職人の丁寧な仕事で生み出された
穏やかな時間が流れる心地よい住まいです。
 
 
 
 
 
 
大神の家2は家の機能をあまり限定せず、
家族4人が家のあらゆる場所をその時々の気分に応じて
のびのびと使えるような自由で開放的な住まいです。
 
それぞれの個性を持ったこれらの家で
日々のくらしが積み重なり、愛着が醸成されることを期待しています。
 
 
 
 

記憶を風化させない

 
写真は、東日本大震災の際、
陸前高田市の津波で唯一残った「奇跡の一本松」の根元部分です。
 
徳山駅前図書館を設計してくれた建築家の内藤廣氏のご尽力で
自身が設計した東京の「紀尾井清堂」に展示されることになったそうです。
 
そこには、「震災の記憶を風化させない」という思いが込められています。
 
世界で続くウイルスや新たな戦争という災禍に見舞われて
震災の記憶も隅に置かれてしまいそうな今だからこそ
世代を超えて受け継いでいくことの大切さを改めて考えたいと思います。
 
 
 

時をつかまえて

あけましておめでとうございます
 
正月休みが終わり、今日から始動いたしました。
昨年末には「時間の価値」について長々と語ってしまいましたが
気がつくと、令和もすでに4年目です。
コロナ禍が続く中で、今年もあわただしく時が過ぎていくことと思います。
 
少しでも、その時をつかまえてじっくり味わうことができるように
今年も、豊かな時間を過ごせる場の模索を続けて参ります。
 
本年もよろしくお願いします。
 
 

ポジティブに時間をつかう

今年は臼杵の仕事で1年間、現場に通いました。
昨年の11月に始まった工事は着工からほぼ1年がかりでようやく完成、
標準的な住宅の2倍以上の時間を要しました。
 
建主も工務店もその時間にとても寛容であったことが功を奏し
「早いほうがいい」というのが当たり前の世の中で
あえて時間をかけることの共通意識を持てる仕事でした。
 
話は変わりますが
今から28年前、1年2ヶ月をかけて世界を旅しました。
 
当時、東京の設計事務所で働いていましたが
時代はバブル全盛期で、次から次に仕事が舞い込み、
処理するだけで精一杯、とにかく時間に追われていました。
 
そもそも建築をじっくりと考えて設計したいと思って選んだ設計事務所でしたが、
バブルの勢いで、考える余裕すらなくなっていました。
 
そこで一念発起、
一旦仕事を辞めて、世界の建築を自分の目で見て回ろうと思ったのです。
 
猫の手も足りたい状況の中でしたが、所長に無理を承知でお願いし、
抱えていたプロジェクトを1年かけて終わらせると、
いよいよ旅をスタートさせたのです。
 
旅のルートはロシアをシベリア鉄道で横断し、東ヨーロッパを南下してエジプトへ。
その後、中東を回ってヨーロッパ、最後にアメリカを巡るというものでした。
 
世界の建築を巡るにあたり、古代から現代に至る建築の数々の資料を整え
建築に関する情報は万全でした。
ところが、もともと海外旅行の経験は多くなかったこともあり
旅先の事情や現地での対応力を身につけていなかったため
最初からトラブル続きでした。
 
シベリア鉄道ではこそ泥に金をすられ
モスクワでは風邪をひき込み、エジプトでは腹を下すなど
最初の1ヶ月で心身ともにかなりのダメージを受けてしまいました。
 
その間、とにかく遅れを取り戻そうと焦れば焦るほど体調が乱れて、
建築を見る集中力も続かないという悪循環でした。
 
その後、中東のシリアで出会った日本人旅行者とトルコで再会し
しばらく一緒に旅をする事になりました。
 
彼は日本を出てすでに3年以上経っており
中東の前はアフリカ大陸を縦断して南アフリカの喜望峰まで至り
1年8ヶ月をかけてここまで来たとの話でした。
 
途中、病気で入院したり、強盗に襲われたり
荷物を丸ごと盗まれたりと、なかなかタフな経験をしていました。
それでも出会ったときには、ちゃんとリュックに必要な旅行道具がそろっており
なんともたくましさを感じました。
 
その彼とはトルコを2週間ほど一緒に旅しましたが
私とは時間の使い方がまるで違う事がとても興味深かったのです。
まちや遺跡など、様々なものを見て回りましたが
出歩くのはせいぜい数時間から半日ほど、
あとはホテルかカフェでのんびり過ごすのです。
 
それまで、中東各国ではバスの時間を緻密に調べて
一分でも一秒でも無駄にしないように時間を使おうとしていました。
まるで東京で暮らしていたときのような時間の使い方は
中東という場所ではうまくいかず、ストレスばかりがたまっていました。
 
せっかく自由な時間ができたのに、自分は何をしているのだろう?
トルコを旅するうちに、そのことに気づきました。
 
それまでは、とにかく自分が動き回って何かを得ようとしていましたが
トルコでは、自分は動かずに周りの動きを感じることができることを発見したのです。
 
やみくもに何かを得ようと焦っても、大した成果は得られない。
むしろ、じっくりと時間をかけることで見えてくることがある。
 
その後に訪れたモロッコでのエピソードですが
サハラ砂漠の入口にあたるワルザザードというまちがあります。
そのまちで長距離バスを待っていたところ、9時過ぎに来るはずのバスが一向に現れません。
バスを待っている人はいるのですが、誰も時間を気にするそぶりがありません。
近くにいたモロッコ人にバスはいつ来るんだろうと何気に聞いてみると
彼は一言、「インシャッラー」と答えました。
つまり、そんなこと、神様次第だよ、と言う意味です。
 
なるほど、そこは広大なアフリカ大陸、
細かいことを気にしていても仕方がないではないか。
妙な説得力を感じたものです。
 
この旅は、世界の多くの建築に触れることができただけでなく
本質的な「時間の価値」のようなものに気づかせてくれた貴重な経験でした。
 
現代社会に生きる私たちは、日々時間に追われがちです。
少しでも早く、早くと気が急いて
気づくと目的だったはずのものはあっという間に過ぎ去っていたりします。
 
いまだに続いているコロナ禍もあと数年続くという専門家もいます。
1日でも早く日常が戻りますようにと願うのは人情ですが
願ってもかなわないことも、この世には存在します。
 
そんなとき、逆に、今起こっている現象を俯瞰してみることで
この状況でもストレスを減らし、豊かさを見つけることもできると思えるのです。
 
時間は誰にでも平等であるはずですが
使い方によっては、人それぞれに生まれる時間の価値が変わってきます。
 
私にとっては、世界旅行で得た時間の使い方が
いまの日本でも十分に生かせるものだと思っています。
 
仕事では常に締切りや期限を求められるのは仕方のないことですが
それでも、できるかぎりじっくりとかみしめて時間をかけるよう意識しています。
 
建築をデザインし、つくることでもその大切さは同様で
それはその先の「豊かなくらし」につながっていくと信じています。
 
話がかなり長くなりましたが
TIMEはその「豊かなくらし」や「豊かな日常」をサポートすべく
来年もポジティブに時間をかけて、その価値を提供していきたいと思います。