固有のデザイン感覚

臨済宗大本山 南禅寺、三門
 
見るからに堂々とした荘厳な門ですが
手前の木に隠れて半分しか見えない。
 
いや、そうではなくて
あえて半分くらいしか見えないようにしているのではないか?
 
最初から全容を明かさず、奥へ奥へと導いていく
日本固有のデザイン感覚がここにもあるのかもしれません。
 
 
 

白河院

庭園に面した、全面ガラス窓の開放的なつくり
 
今回宿泊した南禅寺近くの白河院。
黒褐色に日焼けした木枠に軒の深い瓦屋根、
モノトーンで細身のプロポーションは、まるでミースの建築のようです。
 
 
 
 
 
室内から見たところ
 
庭園の緑が飛び込んで来そうなほどのパノラミックな窓。
ガラス建具の框や桟のデザインは極めて繊細、
主役である風景を生かすエレガントなデザインです。
 
現代建築でもここまでのクオリティはなかなか出せないほどの上質な空間です。
 
 

週末連載 台湾31

2ヶ月ぶりの更新ですが
改めて台北のまちからのレポートを続けます。
 
この日の朝は、雙連朝市近くの「世紀豆漿大王」をめざして歩く。
と、晴れていた空が一転、暗くなりスコールのような雨。(午前7時過ぎ)
 
 
 
 
 
台湾の雨季はとにかく雨が多い。
それでも、以前にも触れたビルの1階の連続した通路があるために
雨に降られてもそんなに困らない。
 
この軒下通路、あれから色々調べたところ、「亭子脚」というもので
もともと東南アジアに文化的背景をもつ構造物で
それを日本の植民地時代に都市の構造として体系化したものだそうです。
 
アジアの伝統文化と日本の持ち込んだ近代思想がうまく溶け合い
いまでは、台湾のまちの「当たり前の風景」となっています。
 
 

禅林寺、臥龍廊

禅林寺、臥龍廊
山の斜面に沿ってつくられた回廊にある湾曲した階段です。
床、欄干、屋根、これらすべてが見事なカーブを描いています。
 
 
 
 
 
上から見下ろしたところ。
 
渡り廊下という脇役であるはずの場所にもかかわらず
ものすごい力のこもった仕上がりで、改めて大工仕事の技術の高さを見た思いです。
 
 

何気ない風景@虹ケ浜

 
虹ケ浜の現場近くにゴジラが出現!
 
環境美化に関心をもってもらうために表現されたというこのゴジラ、
流木でつくられたその姿はなかなかのクオリティですが
安全を懸念する県の要請を受け、製作者により自主撤去されることに。
 
危険 → 撤去 というのは、異質なものを排除しようとする日本民族のDNAゆえか?
危険 → 安全にする という柔らかい発想ができないところに
活性化しない日本社会の問題の根深さが表れています。
 
危険で景観を阻害する空き家がなかなか撤去されないのとは対照的ですが
期せずして社会の矛盾をついた浜のゴジラ、
「オレはいつでも戻ってくるぜ!」と笑っているようにも見えるのです。
 
 
 
 

 

寺院建築のデザインと細工

御影堂、屋根の組物
斗栱や手先は部分的に胡粉で塗り分けられています。
 
複雑な組物にもかかわらず、すべてのパーツが正確にかみ合っていて
仕事に隙がありません。
 
 
 
 
 
 
扉を補強する飾り金具
 
補強しつつも飾りとなるよう、見た目にも均整が取れていて
デザイン、細工とも引き締まっています。
 
 
 
 
開口部の菱格子
 
部材がクロスする接点がピタリと揃っています。
当たり前のようですが、全て人の手による正確な仕事の証です。
 
 
 
 
花頭窓、下枠部分
 
ここでもそれぞれの部材が精緻に組み合わされ
部材ごとの微妙な凹凸が構成美を生み出しています。
 
寺院建築は数寄屋とは趣の違うセンスが表現されていますが
そのよどみのない正確なデザインと仕事ぶりは、
雑念を消し去り、心が改まる気分を与えてくれるようです。
 
 

釈迦堂の大屋根

禅林寺(永観堂)、釈迦堂の大屋根
 
この写真、CGで画像処理されたものではなく
人の手によってつくり上げられたもので
寸分の隙もないとても精緻な仕上がりは圧巻です。
 
手間のかかる仕事だけにコストも相当なものでしょうが
単に贅沢な材料で豪華に見せるのとは全くの別物。
 
仏の教えを真摯に受け止め、心を込めた仕事がゆえに
見る人の心に響くのでしょう。
 
 
 

御幸通り、岐山通りフィールドワーク

昨年から建築士会で継続的に行っている景観調査、
今回は周南市のシンボルロードである御幸通りと岐山通りの
フィールドワークを行いました。
 
 
 
 
まずは、市役所前からスタート、
周南市のシンボルとして置かれているモニュメントをチェック。
 
 
 
 
碑文はこのとおり。
自治大臣からも表彰されたんですね。
ここに刻まれているまちづくりを継続し、さらに前に進めたいところです。
 
 
 
 
岐山通りを北上すると、植樹帯の中に石碑を発見。
幕末の禁門の変の責任を問われた長州藩の家老、福原元僴が
幽閉された場所だったそうです。
 
太平洋戦争の空襲とその後の戦後復興でまちの姿は変わりましたが
こんなところに歴史の一端が残されていました。
 
 
 
 
こちらは児玉源太郎生誕の地。(奥には産湯の井戸が再現されています)
最近整備されたものですが、わがまちの英雄のスピリットは
今も消えることなく息づいています。
 
 
 
 
こちらは御幸通りのサイン。
単なる看板ではなく、ちゃんとデザインされています。
このようなサインは残念ながらこの一箇所のみ。
 
 
 
 
徳山高校前にある「ポイ捨て禁止」の看板。
まちの美化を訴えるはずの看板なんでしょうが
これ自体がもはやゴミのようで、かなり切ない(泣)
 
 
 
 
通りに面した建物にもいろいろなサインがありますが
この辺りのサインは、色合いにまずまず調和が見られます。
 
 
 
 
 逆に、このオレンジ色はかなり派手に見えます。
サインは、情報を伝えるために必要なものですが
自分だけが目立つのではなく、まち並みとの調和も大切。
 
サインはその会社の印象をも表します。
さらなるセンスアップを期待したいところです。
 
 
 
 
こちらは(株)トクヤマ敷地内に置かれた自動販売機。
自動販売機自体はあると便利なことは間違いありません。
しかし、その存在はどうしてもまちの美観を損ねます。
 
ましてや、この強烈な赤色はかなりきつい!
赤い羽根募金のものだからなんでしょうが
自己主張だけではなく、まちとの協調性も大事にしてくださいね。
 
 
 
 
 
こちらも暮らしには欠かせないゴミの収集所。
ごみ出しのマナーを守るのは最低限のマナー。
 
でも、そもそもゴミが集まる場所だからこそ
それが目立たないよう、逆にしっかりとしたデザインが必要です。
 
 
 
 
電線地中化された通りに設置された地上機器。
風景の邪魔にならないよう、ダークブラウンの色でカモフラージュされています。
 
 
 
 
通りにはバス停や交通標識など、たくさんの工作物がありますが
せめてフレームやプレートの色をダークブラウンにすれば
だいぶ落ち着いた感じになるでしょう。
 
 
 
 
 
市役所前の花壇。
ボランティアの方が整備されていると聞いたことがありますが
ホースリールが露出されたままになっているのがかなり惜しい。
 
片付けるのが大変なので置いてあるのだと思われますが
花壇が通りを美しくするためのものであるのなら
ホースが見えてしまったのではその美しさが半減してしまいます。
 
せめてホースを隠す木製のボックスなどがあれば美観は保たれます。
そんなに高いものではないので、官民で協力して検討すべきでしょう。
 
 
 
 
 
通りを一通りチェックしてみると、
改めて緑豊かな環境であることがわかります。
 
その一方で、看板や工作物、ゴミ置場や自動販売機など
もう少し気を使って整備すれば、本当に素晴らしい通りになることもわかりました。
 
通りの乱れは、市民力を表します。
現状では、良い通りだけどちょっと惜しい、というのが正直なところ。
 
わがまちのシンボルと位置付けられているこの緑豊かな通り、
市民の本当の誇りになるためには、
行政と市民一体で、さらに高い意識を持って大切に育てていくことが求められます。
 

釈迦堂 縁側空間

心静かに庭に向かう
 
禅林寺(永観堂)、釈迦堂の深い縁側と前庭、
とても静かな時間が流れています。
 
右手には勅使を迎える唐門と前庭にある盛砂が定位しています。
盛砂は勅使が身を清めるためのものだそうです。
 
縁側には目の覚めるような鮮やかな五色幕がかかっており
深い縁側空間をその陰影と風の動きによって濃度を上げています。
 
静かなのに濃密なこの空間、なかなか鋭いです。
 
 

虹ケ浜の家、床の間工事

仏間の床の間工事が始まりました。
 
床柱は解体前の家に使われていたもの。
建主の思い出を部材の再利用というかたちで生かしていきます。
 
 
 
 
 
 
床板、地板、床柱はすべてケヤキ、
新しい部屋のサイズに合わせ、大工さんと相談しながらアレンジしていきます。
 
下の部屋と新しい部屋の寸法の違いや、部材のそりなどに合わせた調整など
手間のかかる割には仕事もデザインも地味ですが
ここは、思い出や記憶を繋いでいくことに意味を与えていきます。