圧巻の存在感

長方形のボリュームの左右に三角屋根の建屋が噛み込んだ特異な外観

昭和生まれの画家、秋野不矩は新しい日本画の創造を求め続け、インド滞在をきっかけに異国の地の人と風景を主題とした壮大な作品を生涯にわたり多数描きました。(秋野不矩美術館HPより)

美術館の外観は、インドの大地のもつ力強さや荒々しさがそのまま建ち上がったようなダイナミックな造形です。

 

 

自然石のスレート屋根と塗り壁の外壁

これは縄文時代の遺跡です、と言われても不思議ではないような表情は、現代のツルツルした人工的な建築が失ってしまったリアルな質感と力強さを持っています。

 

 

壁から突き出した樋の落とし口

こちらも原木を削り出しただけの原始的な造形が、荒々しい壁に影を刻みます。

 

 

外壁のディテール

日本伝統の繊細な塗り壁とは対極的なこの壁は、「仕上げた」というより「格闘した」と言った方がふさわしいような強烈さです。

画家がめざした新たな日本画の創造やインドで獲得した大地の表現が、そのまま建築の姿として宿ったような、圧倒的な存在感を放っています。

 

 

巧妙なるアプローチ

緑豊かな山懐に延びる一本の道

道路脇にはレトロな木製の電柱、そして奥には何やら宇宙船のような小屋が垣間見えます。

秋野不矩美術館は、浜松市の郊外、仁保川近くの丘の上に位置します。丘の下にある駐車場からは美術館が全く見えませんが、ここでは、建築家が仕掛けたと思われるアプローチの妙を味わうことができるのです。

 

 

グーグルマップで見ると、中央の丘の上に位置する美術館へは、左脇にある駐車場から曲がりくねる坂道を上り、さらに道をUターンしてようやくたどり着くようになっています。

自然の地形を巧みに生かし、わざわざ長い坂道を歩かせて、道を折り返した先に美術館が現れるという仕掛けは、アートに触れる非日常の時空間へいざなうアプローチとして、実に見事な演出です。

 

 

坂を上った折り返し地点

ここまでは美術館に背を向けるように歩いてきましたが、ここで振り返ると、ようやく美術館が目に入ります。しかし、ここでも来館者をじらすように、手前に樹木を置いて、美術館の全容はまだ見せてくれません。

ちなみに、右脇に見える宇宙船のような小屋は、離れの茶室です。

 

 

坂道を折り返すとようやく美術館正面の大きな壁が見えてきました。

ここからは一直線、坂を登るとともに視界が開け、少しずつ美術館の全容がわかり、来館者の期待感を高めていきます。

 

 

坂道を歩くこと約5分、ようやくたどり着いた美術館とご対面。

距離と時間を使い、場面転換を行いながら人を奥へ奥へと誘い込み、最後の最後で全容を展開する。そこには、伊勢神宮などの神社にも通ずるアプローチの巧みさを感じます。

この美術館では、見たこともないような不思議な造形ながら、その堂々とした姿で来館者を迎えてくれるのです。

 

 

人間にとって大切なものや本当の豊かさとは?

昨年秋から10回にわたりレポートしてきた熊本視察、今回見学した建築がもつ意味を改めて振り返ります。

建築の文化的な価値の向上を目指して始まった熊本アートポリス事業からまもなく40年、日本が最も元気だったバブル期に始まった時代性もあり、著名な建築家がデザインを競い合う博覧会のような建築が、地方に文化的な刺激を提供しつつも、地域や人のくらしとはどこか遊離したよそよそしさを感じさせました。

その後、日本は長い経済の低迷期が続き、地方は高齢化と人口減少が進みました。そのような状況下に起こった熊本大震災で、地域はさらに大きなダメージを受けました。

一方で、バブルを経験した日本人は、様々な豊かな経験を通じて、多様な価値に触れ、個人が自立した価値観を持つようになり、地方でも地域独自の文化に視点を持って表現される建築が生まれるようになってきました。

上の写真「喫茶 竹の熊」は、まさにローカルな地域の持つ豊かさを丹念に見つめ、その豊かさを建築を通して表現しています。特に斬新でも派手でもない、昔からある当たり前の構法を使いながら、地域の環境と調和する空間構成で新たな価値を生み出しています。

 

 

熊本市内にある神水公衆浴場は、震災での経験から生まれたコミュニティの再生事業のような存在です。個人個人が独立し、コミュニティが希薄になった現代にあえて共同性を持ち込み、住民同士をつなぐ地域の欠かせない拠り所をつくっています。

 

 

古い商家をリノベーションした珈琲回廊は、まちへのプライドを感じさせる秀作です。バブル時代は新しいものが是であり、古いものや過去のものには目が向けられませんでしたが、ここでは地域の歴史的な価値をしっかりとリスペクトし、現代の価値とも上手に融合させて再生させるという、優れた感性とデザイン力に満ちています。

 

 

震災で建物が倒壊した敷地にカフェというかたちで新たな交流拠点を生み出したOMOKEN PARKは、収益を最大化する商業主義建築とは真逆の最小建築で、それによって生まれる心地よい余白がまさにみんなの公園となり、ここに集う人をいざない、商店街に新たな風を吹き込んでいます。

これらの建築には派手なデザインや見た目の斬新さは見当たりませんが、自然や歴史、コミュニティなどがもつ地域独自の価値を丹念に読み取り、人とくらしをより豊かなかたちでつなぐ場となっています。

人間にとって大切なものとはなにか? 本当の豊かさとはどのようなものか? それを改めて考えさせてくれる貴重な機会となりました。

 

 

熊本城 特別見学通路

熊本のシンボル 熊本城

加藤清正の築城による天守は勇壮でかつ優美な姿をしています。歴史を辿ると、天守は明治期の西南戦争の際に火災で焼失し、現在見る天守は1960年に、市民の熱意によってSRC造で再建されたという経緯を持ちます。

 

 

しかし、2016年の熊本地震により天守閣を含む城郭全体が大きく損傷、その後天守はいち早く修復され、2021年に再び元の姿を取り戻しました。

 

 

城郭をめぐる特別見学通路

熊本地震では天守を含む城郭全体が大きく被害を受けており、全体の修復には30年以上かかるそうです。

その間、貴重な観光資源でもある熊本城が見学できないのは地域経済にも大きな痛手となるため、修復工事を進めながら、そのプロセスも見学できるようにするために、この見学通路が作られることになりました。

城郭をめぐる見学通路は地上6m の空中回廊で全長350mほどあります。   通路を支える柱や基礎は、歴史的遺構を傷つけないよう、また工事動線の邪魔にならないように細心の注意を払いながら設計されたそうです。

 

 

通路を支える大アーチ架構もその一つです。通路の床を支える梁は手すりを兼ねたトラス状のフレームになっていて、構造と意匠、そして機能が調和したデザインは、殺風景な仮設通路とは違い、景観上も配慮されています。

 

 

見学通路から見える数寄屋丸

建物を支える石垣の中間部分が崩落し、建物が歪んでしっくい壁に亀裂が入っているのがわかります。

本来であれば、工事用シートで覆われて見ることができないはずの被災建築物を見学できることによって、地震の被害をリアルに体感することができるのです。

 

 

工事しながら見学できるのは、まるでサグラダファミリアのようですが、この見学通路で再建されていくプロセスを見せることによって、熊本地震の凄まじさを実感するとともに、再建されていく未来への希望も見い出すことができるのです。

再建にかかる長い時間と、それによって少しずつ蘇っていく熊本城。それは、まさに不滅の城であり、熊本市民にとっての永遠の存在となるのでしょう。

 

 

神水公衆浴場

 

菱形状に組まれた梁が目を引く軒天井は、ガラスを透して室内までつながっています。上階の屋根はボールト形状で、窓も含めた厳格な左右対称の構成は、紛れもなく建築家のデザインです。

 

 

しっかりとデザインされたこの建築、実は公衆浴場です。しかも、経営しているのは構造設計事務所の所長という異例の組合せです。

所長の黒岩氏はもともとこの神水の地で生まれ育ち、地元に根ざして設計活動を行っていたところに2016年の熊本地震で被災。その際に地域の人たちが風呂に入れずに苦労していたのを見て、自宅の再建にあたって、地域貢献のために自宅の1階を銭湯にしたとのこと。なんという志でしょう!

とは言え、この時代に銭湯経営はなかなか容易ではないはず。自宅風呂の普及や燃料費の高騰などで銭湯は年々数が減っています。

一方でここ数年、新たな付加価値を加えた銭湯のニューウェーブともいえるような動きが全国各地で興っています。地域貢献と防災拠点という視点から生まれたこの銭湯も、建築的なユニークさを併せ持つ銭湯としてとても興味深い存在です。

 

 

建築的な興味もくすぐる銭湯にいざ入浴! 浴場の天井も菱形の骨組みが現しになっていて壮観です。

「重ね透かし梁」という伝統構法を応用した構造は、震度7を2回も経験した構造設計者としてのこだわりが形になったものでしょう。

 

 

洗い場から浴槽まで一体の人研ぎ仕上げが新鮮な懐かしさを感じさせます。腰壁上の銭湯絵もなかなかユニークで、いろいろとこだわりが詰まっています。

災害支援や地域交流など、行政の手が行き届きにくいまちの細部において、人と人のつながりから組み立てていった建築のあり方は、過去のアートポリスとは一味違う建築の新たな方向性を示しているようです。

 

 

熊本地震震災ミュージアム 展示棟

アクロバティックな造形が目を見張る建築は震災ミュージアムKIOKU     パッと見ただけでは空間構造がどうにもつかみきれません、

 

 

施設の全体マップ                      (熊本地震震災ミュージアムKIOKU ホームページより)

弓なり状の細長い三角形平面の展示棟を2つ繋げたような、なんとも独創的な造形です(図中右側のオレンジ色の部分) 

平面形状を見る限り、動線がそのまま空間になったような建築で、展示をするためのまとまった空間がとりにくそうにも見えますが、果たして室内空間はいかに・・・

 

 

 

実際に中に入ってみると・・・

写真の奥が展示室入口で、天井も低く通路の幅ほどの大きさしかありませんが、そこから末広がりに空間が膨らんで、展示スペースにたどり着きます。

3次元的に抑揚のある空間造形でありながら、不思議と違和感はなく、気がつくと、自然と展示空間にたどり着いていた、といった空間になっていました。

 

 

 

展示室入口から展示室内を見たところ

展示室は入口から膨らむとともに大きな開口部で阿蘇の風景と一体となった空間になっています。それは閉鎖型の展示空間とはまったく異なる固有の場所性をもったもので、震災とともにこの場の記憶が刻まれていくようです。

 

 

 

外観も独創的ですが、阿蘇特有の雄大な風景と呼応するランドスケープのような建築となっています。

そして、唯一無二のデザインは、場所から自立した概念的なものではなく、しっかりとリアリティを持っていて、新たな建築の可能性を感じるものでした。

 
 

熊本地震震災ミュージアム 震災遺構

 

2016年の熊本地震で破損した東海大学阿蘇キャンパスの校舎

各階の床には激しく亀裂が入り、サッシュは歪み、ガラスが割れています。損壊した校舎は記憶をつなぐ震災遺構として、そのままの状態で保存されています。

今回、ボランティアガイドの説明などで、震度7の前震と本震の間に、さらに震度6の余震に2回もあっていたことを知りました。想像を絶するとはこのことですが、地震を引き起こした活断層がそれまで未知の存在であったことを考えれば、改めて日本のどこで同じことが起こってもおかしくないことを肝に命じなければと思うのです。

 

 

地表に現れた断層                            

長さ50mにも及ぶ断層が校舎のすぐ目の前まで達しており、この断層が校舎を貫いて建物を大きく破壊したことがわかります。

 

 

割裂したコンクリートの柱

阪神大震災でも同様の破壊状況をテレビや雑誌などで見て知ってはいましたが、実際に破壊された建物を直に見ると、その凄まじさがまざまざと感じられます。

 

 

校舎は損壊した建物の両側も含め3棟の建物がつながっていました。写真右が損壊した中央棟。両側の建物は地震の3年前に耐震補強されていたそうで、ほとんど被害は見られません。この建物を残してくれたことで、改めて耐震補強の重要性も肌で感じることができました。

東日本大震災の震災遺構や太平洋戦争の遺構である原爆ドームなど、建物は災害や戦争による悲惨さをダイレクトに伝えてくれるとても貴重な存在です。被災された方にはとても辛い存在ではありますが、それでも残された建物は、生きている我々にとって、未来への大きな教訓を示してくれる存在でもあります。

 

 

喫茶 竹の熊

水庭に映る空、そしてその向こうに広がる田園風景

阿蘇山の裾野に位置する熊本県南小国町。豊富な水源に恵まれた小国の里に現れた桃源郷のような喫茶竹の熊。JR九州観光まちづくりAWARD2024の大賞を受賞した、熊本の新たな観光スポットです。

コの字型平面の建築は、山里の風景を最大限に味わうことができるように開放されており、建築によってこの場所のもつ美しさが最大化されています。

 

 

アプローチから室内の喫茶室につながる回廊

細身の骨組み、道路側の視線を制御するために足元だけを開放した土壁、そして田園に向かって架けられた深い軒。衒いのないさりげないつくりですが、余分も不足もない清々しい空間です。

 

 

 

回廊から見た室内の喫茶室

高さを抑えた深い軒下空間が水面に映り込み、建築から水庭、そして田園風景へと空間がゆるやかにつながって、雑味のない調和した風景となっています。

 

 

 

喫茶室の大ガラスを通して望む里山の風景

喫茶室の床は地面を掘り下げてあり、まるで水面に浮かんでいるよう。低い視線から仰ぎ見る風景に広がりが感じられます。

 

 

 

おおらかに開放された吹きさらしの空間

水庭をはさんで喫茶室の向かい側に設けられた半屋外の喫茶空間は、高床になって田園に突き出しており、パノラマ的な開放感がとても気持ちのいい空間です。

細身の柱に支えられた屋根と光を反射する床のみで、ほとんど主張が見えないにもかかわらず、いや主張が見えないからこそ生まれる、風景と一体の気持ちよさ。もし、このあとの予定がなければ、日がな一日、ずっとここで過ごしていたい・・・、そう思えるほどのおおらかでのどかな場所でした。

 

 

 

屋根を支える架構

参加者の間でも話題が飛び交うほどの華奢な骨組は、構造的にどのように処理されているのか?残念ながら解読することはできませんでしたが、空間構成からディテールに至るまで、ギリギリまで突き詰めてデザインされた緊張感には、同じデザインをするものにとって、とても深い刺激となりました。

 

 

自然と人間の協奏曲

見事なそり具合、まるで日本刀のようなシャープかつ優美な曲線が美しい。  国宝 瑠璃光寺五重塔の屋根改修工事の見学会に行ってきました。70年ぶりとなる令和の大改修では、主に傷んだ屋根の檜皮葺きを葺き替えます。

 

葺替え前の屋根の写真                          茶色い屋根に白く毛羽立ったように見えるのは、檜皮を留めていた竹釘です。檜皮は、樹齢70年以上の生きたヒノキの表面にある樹皮を剥ぎ取ったものでとても貴重なもの。檜皮葺きの寿命は本来25〜30年とのことなので、すでに耐用年数をかなり過ぎており、写真のような状況になるのも無理はありません。

 

葺替えが終わった最上層の屋根                      優美なそりを見せる3次曲面は、自然のままの檜皮を数十万枚重ね合わせ、人間の手仕事によって作り出したものです。

 

葺替えられた屋根を近くから見たところ。                 ランダムにうねる檜皮の表面はまるでざらついた動物の皮膚のようですが、一枚一枚の重ねしろは4分(約12ミリ)にそろえられており、一つの大きな屋根としてみたときにはとてもなめらかで美しい表情となるのです。

ひとつとして同じものがない自然物である樹皮を巧みに組み合わせ、全体として美しい屋根を生み出す、途方もないような匠の技です。それは、最先端のデジタル技術でもなし得ない、自然と人間の協奏曲です。

日本人の培ってきた美意識と技術の奥深さを目の当たりにして、身震いがする思いです。

 

 

グラントワと内藤廣

水平のプロポーションがとても美しいグラントワの中庭
 
 
 
 
 
 
中心に水盤が配された45m角の中庭は市民に開放された
おおらかでとても気持ちのいい公共空間です。
 
 
 
 
 
 
グラントワのある益田市人口5万ほど、
このような小さな地方都市で
これほど豊かなオープンスペースはなかなか存在しないかもしれません。
 
この豊かな空間をデザインしたのが建築家の内藤廣氏、
昨日、NHKの日曜美術館で、その内藤さんが特集されました。
 
日曜美術館(見逃した方は今度の日曜日、午後8時から再放送あり)
 
 
 
 
 
 
グラントワでは現在、内藤廣氏の展覧会
 
内藤さんがこれまで実現してきたした建物、
そして残念ながら実現されなかった設計案など
膨大な量の図面・スケッチ、そしてリアルな模型とともに
建築に込めた思いに触れることができます。
 
ちなみに、わがまち周南市の徳山駅前図書館も展示されています。
 
 
 
 
 
 
展覧会初日には内藤さんの講演会も開かれ
グラントワを設計したときの経緯や設計のこだわりなどを聴くことができました。
 
展覧会は12月4日(月)まで長期間、開催されています。
 
地方都市でこれほどの規模の展覧会はとても貴重で
しかも建築家自身が設計した建物とともに見学できるのは
なかなかない機会でしょう。
 
建築やまちづくりに興味のある方は
ぜひ見学に行かれることをお薦めします。
 
 
 
 
 
 
そして、こちらはおまけですが・・・
 
グラントワから車で10分ほどのところにある
うどんの自販機コーナー
 
NHKのドキュメント72時間でも放送された
知る人ぞ知るスポットです。
 
 
 
 
 
 
とてもオーソドックスなうどんやそばですが
なぜかホッとするおいしさがじわーっと心に染みます。
 
 
 
 
 
 
無人の休憩スポットは最低限のしつらえしかありませんが
気軽で美味しい食べ物、椅子とテーブル、気持ちいい川沿いの空間という
最強の三点セットが整った穴場スポットです。
 
混み合うほどの賑わいではないけれど
なぜか立ち寄る人の絶えない、
エッセンスのあるコミュニテイスペースです。