何気ない風景@LOGの質感

尾道のLOG、
もともとアパートの共用廊下だった場所です。
 
まったく「インスタ映え」しそうにない何気なさですが
見栄えを競う表現とは対極の、奥深い質感が随所に潜んでいました。
 
 
 
 
 
壁の出隅部分
粗めのモルタルによるザラザラとした質感、
さらに角は丸く削られていて、陰影がとてもやわらかくなっています。
 
 
 
 
 
階段の角や壁との取り合い部分
すべての角という角に丸みが与えられ、面の境界が曖昧になっています。
 
 
 
 
 
樋の落とし口
排水溝、床端部の立ち上がり部分、そして階段
こちらも角の処理は徹底されています。
 
この淡い質感は、
あたかもジョルジュ・スーラの点描のような静謐感を感じさせます。
 
 
 
 
 
スチールの手すり
手すり自体も丸パイプで角もゆるやかに曲げてあります。
 
手すり子のベースになっているフラットバーの角も
丸く削られているのがわかりますか?
 
こんなところにまで一貫した考えが現れていて
設計者による並々ならぬ思いが伝わってきます。
 
パイプの塗料もつや消しで
光は反射ではなく、にじむように物質を映し出します。
 
 
 
 
 
カフェの内部
カウンターは木下地に和紙を貼り、漆で仕上げられているそうです。
その手触りはやわらかく、鉄とは異なる温もりが手に伝わってきます。
 
 
 
 
 
天井の左官仕上げ
職人の指導のもと、スタッフ達で仕上げたそうで
その苦労と込めた思いが濃縮されています。
 
 
 
 
 
土間は左官の掻き落とし
床はそのままベンチにつながり、一体の仕上げになっています。
 
ここにはシャープな造形や派手な表現は存在しません。
 
しかし、
慎重に吟味された質感がコンクリートの建物を包み込んで
静かで奥行きのある空間を成立させています。
 
体験することでしか味わえないこのクオリティ、
時間の流れ方さえ覚醒させてしまうような力を感じます。
 
 

何気ない風景@尾道散歩

尾道にオープンしたLOG
2回に分けてレーポートします。
 
まずは、LOGへ至るアプローチから。
 
尾道の商店街から国道を渡ると見える
道路と並行して走る山陽本線の高架をくぐるトンネルは
まるでにじり口のような坂のまちの入口です。
 
 
 
 
 
 
トンネルを抜けると千光寺公園に至る坂が現れます。
道沿いには所々に雑貨やカフェの小店が営まれています。
 
 
 
 
 
メインの坂道には等高線に沿った脇道が幾つかあり
そこにも味のある路地空間が展開しています。
 
 
 
 
こちらにも。
 
細い路地ばかりの迷路のような空間は
イタリヤや南フランスなど、地中海周辺の集落に酷似しています。
 
 
 
 
ときにはこんなものも・・・
 
狛犬ならぬコマネコ?
 
 
 
 
 
坂を見上げるとシュールな刈り込み!
 
もはやオブジェのようですが
以前東京の谷中で見たのとほぼ同じ造形は
まるでデジャヴのよう。
 
 
 
 
 
 
のぼってきた坂を振り返ると
家々の間に尾道のまちと海が見えてきます。
 
平地の少ない地形を生かして発展したまちの風景は
車社会の地方都市とはまったく異なっていて
古くて不便でも、深みのあるくらしの営みが息づいています。
 
さらに、今やその先の未来へ向けて
独自の文化がふつふつと発酵を続けています。
 

内田文雄先生、講演会

山口大学の内田文雄先生の講演会を聞いてきました。
 
山口大学に赴任されてからの18年の間に
様々な場面でお会いする機会をいただきましたが
今年度限りで大学を退官されるとのことで
最終講演を感慨深く拝聴しました。
 
演題は「耕すように、まちを育てる」
内田先生らしく、ある意味、無骨で泥臭く取り組んできた
建築によるまちづくりの実践をお聞きすることができました。
 
 
 
 
 
象設計集団時代、直接担当された名護市庁舎
 
私も5年前に実際に市庁舎を見学し、
市民に開かれた市庁舎の清々しさを実感しましたが
今回、ご本人から直接お話を伺うことができました。
 
 
 
 
内田先生はこの二つの考えをもとに
一貫した立場で建築に取り組んでこられました。
 
建築というと、
見た目のデザインや華々しい話題性がもてはやされがちですが
本当はもっと大切なことがあるのだという思いが凝縮しています。
 
地域社会に根を生やし、
そこに住む人が元気になり、育っていくための拠り所
 
先生の哲学が改めて胸に刺さりました。
 

不明門

その名のとおり、通ることができない門
 
それなら意味がないじゃない?と片付けてしまっては面白くない。
「開かない」、「通れない」をわざわざ存在させることに
作者が生きた時代の思想や意図が込められているのでしょう。
 
 
 
 
伏見城から移築された門は派手な意匠で強烈な存在感があります。
 
使えないものは不要か?
浅薄な常識に囚われた現代人に対し、
その問いを突きつけているようにも思えるのです。
 
 

素材、手間、趣き

南禅寺界隈でみつけた竹垣
 
節の位置が、意図的に一本一本ずらしてあるのがわかります。
(その証拠に、釘の高さはきれいにそろっています)
 
実際にやってみると分かりますが、
位置をそろえるより、ずらすほうが格段に難易度が高いのです。
 
節の位置をずらして堅苦しさをぬぐい、自然の風合いを生かし、
隣り合う竹どうしは、節の幅の変化に合わせて削り合わされています。
 
どこでも手に入る素材にそこまで手間をかけるのかと思うほどですが
その手間によってしか生まれない上質な繊細さと趣きが現れています。
 
 

普遍性と地域性

建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞、
今年はスペインの3人のユニット、RCRアーキテクツに決まりました。
 
幾何学的でモダンなデザイン要素を使いながらも地域との対話を重視したり、
ランドスケープを深く吟味して周囲の自然環境を生かすデザインなど、
一見地味ですが、とても深みのあるデザインです。
 
 
 
 
トソル−バジル競技場では、トラックの中に既存樹木を残しています。
一見、なんでもないようなデザインですが、よく考えると実に大胆!
でも、スポーツと自然が見事に融合していて、とても気持ちよさそうです。
 
審査員のコメントにもありますが、
グローバリズムで疲弊する地域に対して真摯に向き合うその姿勢、
相反する普遍性と地域性の融合を図ろうとするデザインは、
建築という枠を超えて、この時代に多くの示唆を与えてくれそうです。
 

神勝寺 洸庭





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神勝寺の境内の裏山を上った先、
道路を挟んだ飛び地に姿を現したアートパビリオン





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名和晃平作 「洸庭」

神勝寺の母体である常石造船をイメージする船形の造形が宙に浮いています。
その造形は寺院の屋根を連想させながらも宇宙船のようでもあります。

船を持ち上げた列柱はプロポーション、質感ともやや唐突ですが
純粋な形態は、建築家というよりアーティストらしい造形感覚です。





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下から見上げたところ

建物全体がサワラのこけら葺きで覆われていて、
その丁寧な仕事ぶりととも、独特の質感を表しています。

実は、パビリオンの最大の見せ場は、この「船」の中にあります。
それはこの地を訪れて味わってみられることをお勧めします。




直線のコンポジション





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神勝寺一来亭、座敷の風景

本堂から脇道を下りて行った木立の中にある一来亭。
千利休が建てた茶室を中村昌生氏の設計で復元したものです。

屋敷の座敷部分にもさりげないデザインが施されています。
畳割と縁の線、柱や鴨居の軸組、壁の素材、腰張りや襖の配色や比率、障子や天井のライン。

直線のみで構成された空間は一見あっさりとした印象ですが、
決して単調ではなく、十分に抑揚が感じられます。

鐘楼門




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神勝寺の本堂へ向かう途中にある鐘楼門

門は本来、場所を仕切る機能を持っていますが
この門には扉がありません。
また、門の両脇も通り抜け可能になっています。

解説によると、
一切衆生が仏門に入ることを拒まない仏の大慈悲心を表すとされています。

ここから世界が変わることを表していながら
向こうとこちら側が限りなく繋がっています。

場所のもつ意味が変わっても、物理的には連続していくという
実に気持ちよく、興味深い空間性をもっています。