櫛ヶ浜の家、化粧軒裏工事

道路側の屋根工事
 
道路に面したこの部分は準防火地域の規制に合わせる必要がありますが
もともとの化粧軒裏の意匠を生かすため、あえて一旦解体。
見た目はほとんど変えずに準耐火構造の仕様で作り直します。
 
 
 
化粧野地板に使われているのは30ミリの厚板。
実(さね)部分が赤く見えるのは、既存に合わせたベンガラ塗り。
 
 
 
この部分の骨組みは母屋側に少し傾いていたため
補強のための横つなぎ材を加えます。
写真は既存の桁材にほぞ穴を開けているところ。
 
 
 
 
横つなぎ材を既存の骨組みの長さに合わせるため
仮組みしては削ることを何度も繰り返しながら少しずつ寸法調整、
新築の何倍もの手間がかかっています。
 
 
 
 
作り直された化粧軒裏(室内天井部分)
新たにベンガラで塗られた天井は、既存の骨組みに比べて赤色が鮮やかです。
 
古い材に合わせて色を調整することもできるのですが
あえて歴史のリアリティを生かすことを大切にし、
時間の経過によって生まれる自然な調和に期待を込めています。
 
 
 
 

虹ケ浜の家、造作工事

キッチンの水屋と欄間部分の製作中
 
食器棚や家電収納、ゴミ箱、そしてインターホンに電話、機械警備の総合盤など
使い勝手が良いようにこの部分に造付収納としてまとめられます。
 
 
 
 
 
オープンキッチン手前のカウンター収納
 
日用品や書類などの生活必需品がこちらにまとめて納められます。
今回の造付家具はすべて大工さんの手により現場でつくられます。
 
 
 
 
こちらは玄関のベンチ
 
古い家の床の間に使われていたケヤキの地板を再利用、
こちらも古い家の記憶とともに綺麗な木目の表情も生かします。
 
 

何気ない風景@櫛ヶ浜の家

工事現場に現れたタレル!
 いや、正確にはタレルっぽい風景です。
 
現在、再生工事中の築95年の町家、
雨よけのために窓を覆っているブルーシートから漏れる光が拡散し、
ほの暗いブルーな空間に変容していました。
 
作為のないところに図らずして現れたジェームズ・タレルでした。
 
 

週末連載 台湾34

路地? それとも・・・
 
地下鉄(MRT)雙連駅近く、ビルとビルのすきま風景。
都市生活では必要だけど、見せびらかすべきでないものたちがあふれていて
その様はまるで都市の内臓のようです。
 
このすきま、どうやら通り抜けできそうなんですが
通過する間に消化されそうで怖い・・・
 

虹ケ浜の家、後半戦

虹ケ浜の家では外壁の塗装が終わり、足場が解かれました。
 
外観デザインは、限りなく普通です(笑)
 
「できるだけ目立たない家を」との求めに応じ、地味に抑えていますが
それでも、盛り土によって建物の存在感が大きくなってしまうので
極力軒高を低くして圧迫感を少なくしようとしています。
 
 
 
 
内部ではリビングの欄間回りの加工が行われています。
既存建具や造付家具の枠との取り合いがあり、見た目以上に大変そうです。
 
 
 
 
 
既存建具を使った欄間。
古い家の内縁の欄間に使われていたものを、玄関正面のこの場所に配置。
 
 
 
 
 
 
玄関側から見たところ。
リビングからの柔らかい光を玄関に届けるとともに
新しい家に古い家の持っていた時間と風情を織り込んでいきます。
 
 

屋根解体工事

連日、暑い日が続きていますが
現場では既存屋根の瓦の撤去作業が行われました。
炎天下の中、1枚1枚の手作業、本当にご苦労様です。
 
 
 
 
1階道路側の屋根下地、見上げ
 
既存垂木のサイズは60⨉50前後(現在の規格とは違います)
化粧軒裏の意匠を維持したまま準耐火構造にするため
垂木と野地板は一旦解体し、納まりや部材寸法が改められます。
 
 
 
 
西面2階既存屋根
両端が中央に比べて下がっているのがわかります。
こちらも隅木を入れ直して、矯正していきます。
 
 
 
 
入母屋、隅棟部分の状態
 
瓦を固定していた漆喰は剥がれ落ちており、かなりの瀕死の状態。
風雪に耐えてきた屋根、ようやくお役ご免となります。
 
1箇所1箇所に現代とは規格や納まりの違いがあり、かつ劣化の状況も様々です。
意匠の継承、耐久性、施工性、コストなど多くの変数が絡み合う中で
最適解を求めて大工さんと相談しながら施工方針を定めていきます。
 
 

週末連載 台湾33

台湾庶民の台所のひとつ、雙連朝市
文昌宮という廟を中心に、南北に広がっています。
 
 

 

文昌宮には学問の神様「文昌帝」が祀られており
受験生にも人気のある廟なんだそうです。
 
 
 
 
 
 
 
活気ある朝市の中に静かな祈りの場が同居しています。
 
 
 
 
 
 
 
魚や野菜、果物、食料品などが狭い路地の両側に延々と並んでいます。
整然と商品が並ぶスーパーマーケットではけっして味わうことのできない
人と人の距離の近さとリアルな質感があふれています。
 
朝市や市場は、都市を活性化させる潤滑油のような場、
ドライな現代の都市にこそ、もっとも必要な都市の装置です。
 
 
 
 
 
こちらの加工食品、かなりのウェット感が高温多湿の台北の街らしい。
試しに湯葉のようなもので巻いた右のものをゲット、なかなかの美味です。
 
 
 
 
 
こちらは台湾版のクレープのよう。
中国語はわからなくても、ジェスチャー付で「これひとつ」と言えば
ちゃんとコミュニケーションは成立します。
 
 
 
 
 
 
オッとその時、一台の車が割って入ってきました。
人であふれるこの狭い路地をわざわざ通るか!?
 
まるで無法地帯のようですが
いや、これこそが台湾では当たり前のルールなのかもしれません。
 
誰も騒ぐことなく、平然と車をやり過ごしていく姿に
混沌を柔軟に受け入れていく人間の強さのようなものを感じます。
 
 
 
 
 
朝市のそばには地下鉄MRTの駅からつづく公園があり
買ったものをこちらでのんびりといただくこともできます。
そこにはおこぼれにあずかる鳩たちも・・・
 
ここには余計なルールがあまり存在せず、まさに平和な場所といえるでしょう。
 
 

自然のもの、ありふれたもの

竹の軒樋
 
京都にある茶室や数寄屋では、竹を半割りにして
樋として使う事例がよく見られます。
 
どこにでもある竹という素材を使ったストレートな表現ですが
素人のセルフビルドとは一線を画すセンスが感じられます。
 
 
 
 
 
 
こちらは苑路の縁に使われたクヌギの皮付き丸太
 
自然のものに最小限の手を加えるだけで、
ありふれた素材を無造作に使ったように見せています。
 
 よく公園などに使われているのはフェイク(擬木)ですが
これは正真正銘のホンモノ。
クヌギは結構硬い木なので丈夫なのかと思い、係の人に聞いてみると
実際にはそんなに長持ちするものじゃないそうです。
 
竹にしてもクヌギにしても自然のものは朽ちてしまうので
手入れや交換に絶えず手間がかかります。
 
正確で丈夫で手入れの楽なものは今ではいくらでも手に入りますが
残念ながらそれらには文化の香りがありません。
 
ありふれたものにわざわざ手間をかける、
合理性の対極にこそ、日本文化の本質が香り立ちます。
 

櫛ヶ浜の家、屋根工事

既存屋根の解体工事が始まりました。
梅雨の晴れ間をぬって、下屋の屋根 → 2階屋根と順を追って進めます。
 
 
 
 
 
棟部分の家紋入りの瓦
 
この瓦は、お施主さんの思い入れも深く
既存屋根に残る記憶の一部として新しい部材で復元します。
 
 
 
 
2階外壁下の水切り瓦
 
3段ののし瓦は、上段と下段の間は青海波の洒落た意匠が施されています。
正面だけですが、こちらも新しい瓦で復元する予定です。
 
 
 
 
 
 
既存の瓦、軒先の万十の形状
左側は丸いふくらみがありますが右二つは平らな形になっています。
 
 
 
 
新調する瓦、軒先のイメージです。
屋根屋さんによると、石州瓦では瓦の前垂れ部分に模様が入るそうです。
一瞬、カニが描かれているのかと思いましたが、正式には唐草模様なんだそうです。
 
限られた予算の中では、あらゆる場面で取捨選択の判断に迫られますが
少しでも思いや記憶、そして建築としての有り様を刻めるよう配慮していきます。
 
 
 

離宮と田園

修学院離宮から京都市街をのぞむ。
 
市街地の手前、離宮に隣接して田畑が広がっています。
もともと、後水尾上皇がこの地に離宮を造営した際、
周囲の田畑を残し、耕作する農民の姿も自然風景に取り入れたそうです。
 
徳川幕府との確執から天皇を退いたのち、
上皇はこの離宮で農民と会話し、市井の動きに耳を傾けていたと言われます。
 
離宮は上皇の死後、次第に衰退、
明治の初めには見る影もないほどに荒れ果てたそうですが
明治天皇の御幸に合わせて再整備され、現在の美しい姿を取り戻しています。
 
昭和39年には宮内庁が土地を買い上げ、
景観保護のために地元農家と契約して耕作されているそうです。
 
皇族の離宮と田畑の取り合わせは少し意外でしたが
市井の営みと共にある離宮の風景に、現代に通ずる日本独自の平和を感じます。