デジタルネイティブ
NHKスペシャルの「デジタルネイティブ」を見ました。
インターネットが家庭に普及して十数年が経った今、
子どものころからインターネットを「水」や「空気」のように使いこなしてきた若者たちが
社会に変革を及ぼし始めているようです。
物心ついたときからデジタル環境が身の回りにあり、
それを当たり前のように使っているこれらの世代のことを
「デジタルネイティブ」というそうです。
彼らは、ネットを駆使して世界中の見ず知らずの人とつながり、
世代や人種を超えて爆発的なネット・コミュニティを作り出しています。
そこでは、既成の権力や組織の垂直的な方向性が解体しており
水平でフラットなつながりが常識を超えた新たな価値を生み出そうとしています。
民主主義という仕組み自体も解体してしまうかもしれないくらい
社会全体が大きく変化していきそうな予感がします。
そして我々、まちや建築に関わる立場の人間として興味があるのは、
デジタルネイティブの世代が社会の主流になったとき(およそ10年後)、
果たしてまちはどんな風景になっているのだろうか、ということ。
やはり気になるのは、
人と人のつながりがネット上の空間に依存し、現実のまちを媒介しないことです。
自分の家で、世界とのつながりが完結した時、
まちはどんな役割を担うことになるのか。
先日、道路がいらなくなるかもしれないと書きましたが
少なくとも、決められた場所に集まってしていた日常的な機能は
その役割を終えることになるかもしれません。
家、アパート、マンション、幼稚園、保育所、学校、図書館、美術館、コンサートホール、映画館、体育館、会社、
病院、老人ホーム、ホテル、旅館、レストラン、居酒屋、百貨店、ショップ、スーパーマーケット、車のショールーム、
タワーパーキング、ガソリンスタンド、研究施設、工場、倉庫、国会議事堂、県庁、市役所、郵便局、公衆トイレ、
警察署、消防署、教会、お寺、神社、火葬場、お墓、・・・・・
そのとき、これらの機能はいくつ残り、どんな新たな機能が生まれるのか、
今は見当もつきません。
世代や人種、宗教などの枠が取り払われて国境を飛び越えて人と人がつながったとき
ローカルな地域のもつアイデンティティはどのような価値になっているのか、
それもこれも気になるところ。
今後、定点観測する必要がありそうですね。
2008.11.12
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