寺院建築のデザインと細工

御影堂、屋根の組物
斗栱や手先は部分的に胡粉で塗り分けられています。
 
複雑な組物にもかかわらず、すべてのパーツが正確にかみ合っていて
仕事に隙がありません。
 
 
 
 
 
 
扉を補強する飾り金具
 
補強しつつも飾りとなるよう、見た目にも均整が取れていて
デザイン、細工とも引き締まっています。
 
 
 
 
開口部の菱格子
 
部材がクロスする接点がピタリと揃っています。
当たり前のようですが、全て人の手による正確な仕事の証です。
 
 
 
 
花頭窓、下枠部分
 
ここでもそれぞれの部材が精緻に組み合わされ
部材ごとの微妙な凹凸が構成美を生み出しています。
 
寺院建築は数寄屋とは趣の違うセンスが表現されていますが
そのよどみのない正確なデザインと仕事ぶりは、
雑念を消し去り、心が改まる気分を与えてくれるようです。
 
 

釈迦堂の大屋根

禅林寺(永観堂)、釈迦堂の大屋根
 
この写真、CGで画像処理されたものではなく
人の手によってつくり上げられたもので
寸分の隙もないとても精緻な仕上がりは圧巻です。
 
手間のかかる仕事だけにコストも相当なものでしょうが
単に贅沢な材料で豪華に見せるのとは全くの別物。
 
仏の教えを真摯に受け止め、心を込めた仕事がゆえに
見る人の心に響くのでしょう。
 
 
 

御幸通り、岐山通りフィールドワーク

昨年から建築士会で継続的に行っている景観調査、
今回は周南市のシンボルロードである御幸通りと岐山通りの
フィールドワークを行いました。
 
 
 
 
まずは、市役所前からスタート、
周南市のシンボルとして置かれているモニュメントをチェック。
 
 
 
 
碑文はこのとおり。
自治大臣からも表彰されたんですね。
ここに刻まれているまちづくりを継続し、さらに前に進めたいところです。
 
 
 
 
岐山通りを北上すると、植樹帯の中に石碑を発見。
幕末の禁門の変の責任を問われた長州藩の家老、福原元僴が
幽閉された場所だったそうです。
 
太平洋戦争の空襲とその後の戦後復興でまちの姿は変わりましたが
こんなところに歴史の一端が残されていました。
 
 
 
 
こちらは児玉源太郎生誕の地。(奥には産湯の井戸が再現されています)
最近整備されたものですが、わがまちの英雄のスピリットは
今も消えることなく息づいています。
 
 
 
 
こちらは御幸通りのサイン。
単なる看板ではなく、ちゃんとデザインされています。
このようなサインは残念ながらこの一箇所のみ。
 
 
 
 
徳山高校前にある「ポイ捨て禁止」の看板。
まちの美化を訴えるはずの看板なんでしょうが
これ自体がもはやゴミのようで、かなり切ない(泣)
 
 
 
 
通りに面した建物にもいろいろなサインがありますが
この辺りのサインは、色合いにまずまず調和が見られます。
 
 
 
 
 逆に、このオレンジ色はかなり派手に見えます。
サインは、情報を伝えるために必要なものですが
自分だけが目立つのではなく、まち並みとの調和も大切。
 
サインはその会社の印象をも表します。
さらなるセンスアップを期待したいところです。
 
 
 
 
こちらは(株)トクヤマ敷地内に置かれた自動販売機。
自動販売機自体はあると便利なことは間違いありません。
しかし、その存在はどうしてもまちの美観を損ねます。
 
ましてや、この強烈な赤色はかなりきつい!
赤い羽根募金のものだからなんでしょうが
自己主張だけではなく、まちとの協調性も大事にしてくださいね。
 
 
 
 
 
こちらも暮らしには欠かせないゴミの収集所。
ごみ出しのマナーを守るのは最低限のマナー。
 
でも、そもそもゴミが集まる場所だからこそ
それが目立たないよう、逆にしっかりとしたデザインが必要です。
 
 
 
 
電線地中化された通りに設置された地上機器。
風景の邪魔にならないよう、ダークブラウンの色でカモフラージュされています。
 
 
 
 
通りにはバス停や交通標識など、たくさんの工作物がありますが
せめてフレームやプレートの色をダークブラウンにすれば
だいぶ落ち着いた感じになるでしょう。
 
 
 
 
 
市役所前の花壇。
ボランティアの方が整備されていると聞いたことがありますが
ホースリールが露出されたままになっているのがかなり惜しい。
 
片付けるのが大変なので置いてあるのだと思われますが
花壇が通りを美しくするためのものであるのなら
ホースが見えてしまったのではその美しさが半減してしまいます。
 
せめてホースを隠す木製のボックスなどがあれば美観は保たれます。
そんなに高いものではないので、官民で協力して検討すべきでしょう。
 
 
 
 
 
通りを一通りチェックしてみると、
改めて緑豊かな環境であることがわかります。
 
その一方で、看板や工作物、ゴミ置場や自動販売機など
もう少し気を使って整備すれば、本当に素晴らしい通りになることもわかりました。
 
通りの乱れは、市民力を表します。
現状では、良い通りだけどちょっと惜しい、というのが正直なところ。
 
わがまちのシンボルと位置付けられているこの緑豊かな通り、
市民の本当の誇りになるためには、
行政と市民一体で、さらに高い意識を持って大切に育てていくことが求められます。
 

釈迦堂 縁側空間

心静かに庭に向かう
 
禅林寺(永観堂)、釈迦堂の深い縁側と前庭、
とても静かな時間が流れています。
 
右手には勅使を迎える唐門と前庭にある盛砂が定位しています。
盛砂は勅使が身を清めるためのものだそうです。
 
縁側には目の覚めるような鮮やかな五色幕がかかっており
深い縁側空間をその陰影と風の動きによって濃度を上げています。
 
静かなのに濃密なこの空間、なかなか鋭いです。
 
 

虹ケ浜の家、床の間工事

仏間の床の間工事が始まりました。
 
床柱は解体前の家に使われていたもの。
建主の思い出を部材の再利用というかたちで生かしていきます。
 
 
 
 
 
 
床板、地板、床柱はすべてケヤキ、
新しい部屋のサイズに合わせ、大工さんと相談しながらアレンジしていきます。
 
下の部屋と新しい部屋の寸法の違いや、部材のそりなどに合わせた調整など
手間のかかる割には仕事もデザインも地味ですが
ここは、思い出や記憶を繋いでいくことに意味を与えていきます。
 
 
 

自然とともにある

禅林寺(永観堂)、総門をくぐり、中門への参道
東山を背景に、新緑のカエデがとても鮮やかです。
 
それにしても広々としたアプローチで
緑あふれるこの空間がとても清々しい気持ちにしてくれます。
 
 
 
 
玄関を抜けると緑あふれる中庭が現れます。
 
これは人の手によって生み出されたいわば「擬似自然」
しかし、その風景は限りなく本物に近く、作為が薄められています。
 
 
 
 
 
 
中庭へ大きく開いた釈迦堂の深い軒と縁側。
 
古来から日本人は生活のそばに自然を引き寄せて暮らしてきました。
そして、ただ単に自然に寄り添うだけでなく、
様々な手を加えて生活文化にまで引き上げてきたのです。
 
日本人が脈々と築いてきた自然とともにあるくらし、
忙しいこの時代だからこそ、その豊かさが深く感じられます。
 
 
 

虹ケ浜の家、断熱工事

虹ケ浜の家では屋根工事が終わり、室内の断熱工事が進んでいます。
 
屋根断熱に使用しているのは高性能のポリスチレンフォーム。
屋根一面を隙間なく覆い、この上に通気層をとることで
暑い夏の屋根の照りをかなり抑えることができるのです。
 
 
 
 
 
断熱材の端部が屋根の勾配に合わせて斜めにカットされ
木と木の間にぴったりとはまるように工夫されています。
 
 
 
 
屋根通気のための通気面戸(銀色に見えるメッシュ状の部分)
 
ここから空気を取り入れ、屋根の棟部分から空気を排出。
自然の重力換気により、夏でも過ごしやすい環境をつくります。
 
 

法然院 参道

法然院、参道入口
 
京都東山の麓に位置する法然院
その参道のデザインは今見てもとても洗練されており、かつ独創的。
俗世界から聖域に導くアプローチの妙を味わうことができるのです。
 
 
 
 
石段は自然石を乱形に敷き詰め、御影石の延石で縁を引き締めています。
リズミカルなパターンは、まるで静かな沢の流れのようで、
俗世の乱れた心を洗い落としてくれるているようです。
 
 
 
 
 
石段を上がるとその先には静かな木立が広がるのみ。
そこにあるのは「無」、ただただ静けさのみが漂います。
 
参道はここで左に折れ、場面が転換、
はやる気持ちを落ち着かせているように長い長い参道を歩かせます。
 
 
 
 
 
左に折れた参道はしばらく木立の中をまっすぐ進みます。
自然の山の斜面を切り裂くように挿入された幾何学的な造形、
静けさの中にも強い意志を感じます。
 
参道の先には再び石段があり、第二の場面転換が行われます。
高低差と角度を振ることで、世界が変わることを強く印象付けています。
 
 
 
 
 
その石段から参道を見返したところ。
矩折りの参道と緩く幅広い石段、調和と対比が見事にバランスしています。
 
 
 
 
 
階段をのぼると、正面に山門が見えてきます。
ぽっかりと四角に開いた山門が風景の焦点をつくり
アプローチのクライマックスを見事に演出しています。
 
参道はここから一直線に山門へ向かい、床の仕上げも砂利敷きに変わっています。
踏みしめる音が加わることで、聖域に向かうことをさらに意識させます。
 
高低差を利用した巧みな場面転換で長いアプローチに抑揚を与え
抑制されたデザインながら、しっかりとした意図が感んじられる空間です。
 
 
 

櫛ヶ浜の家、配筋検査

櫛ヶ浜の家、鉄筋工事が終わり、配筋検査を行いました。
 
 
 
 
 
今回もグリーンデザインオフィスの岩田さんにチェックをお願いしました。
まずは仕様書通りに施工されているかを確認。
 
 
 
 
電子ノギスで鉄筋の太さも正確に測っています。
 
 
 
 
地中梁の寸法やかぶり厚、フックの角度など、ひとつひとつをチェック。
1箇所、主筋が足りていない箇所があり、是正を指示。
 
 
 
 
 
 
耐力壁下部のアンカーボルト
御影石の長石を貫通してアンカーしてあります。
 
 
 
 
外周部の耐力壁のためのアンカーボルトの施工状況。
人ひとりがなんとか入れるほどの狭い隣地との隙間で
かなり面倒な仕事ですが、きちんと施工されています。
 
 
 
 
新たに柱の足元が傷んでいるのがわかり、
この部分も根継ぎすることになりました。
 
 
手間も時間もかかる仕事ばかりで
普通のリフォーム会社なら根を上げそうですが
百戦錬磨のプロ集団は動じることなく、仕事をこなしていきます。
 
 

四君子苑

京都の鴨川沿いに位置する四君子苑。(写真奥、赤レンガ調の建物は北村美術館)
 
昭和の数寄者、北村謹次郎の旧邸と茶苑、そして庭園からなる数寄屋建築の至宝です。
建築を手がけたのは、数寄屋の名棟梁、北村捨次郎
本宅は戦後、進駐軍によって一時接収されましたが
昭和38年、近代数寄屋建築の第一人者、吉田五十八設計によって建て替えられました。
 
 
 
 
 
西向きの表門は軒が低く、ひっそりとした表情です。
道路との間に設けた駒寄せ(木の柵)の格子は間が大きく、高さも低め。
門や塀の高さとのバランスがよく、さりげなく結界をつくっています。
 
この駒寄せがあることで道路との間(ま)を引き締めて、
小さな空間に緊張感と奥行きを生み出しています。
 
 
 
 
土間に配された飛び石。
自然石のかたち、大きさ、色、構成、すべてにクオリティが溢れています。
 
 
 
 
 
入口扉のコンポジション。
上下に杉の中杢、その間に入れた竹格子が洒落てます。
 
 
 
 
左脇の中潜り。
正面大扉より小ぶりに抑え、簡素な表情に徹しています。
 
 
 
 
簡素なデザインながら、真ん中に3本の切込みが入れてあります。
繊細に仕上げたその細工が、節のある丸太の粗野な枠材と対比をなしています。
 
 
 
 
 
右脇壁の照明器具。
両脇を台形にして厚みを減らし
竪格子を入れることでさらに涼しい表情にまとめられています。
 
 
 
 
軒裏は白竹の簀の子貼り、わざと目地から泥土をはみ出させたのも
北村の好みだそうで、細部にわたって心が配られ、趣向があふれています。
 
表門だけでもこれだけのクオリティに満ちているのだから
中はどれだけすごいのだろうと、否が応でも期待が膨らみます。
 
 
 
 
この門をくぐるとめくるめく数寄屋のワンダーランドが待っています。
しかし、写真撮影はご法度なので、残念ながらレポートはここまでです。
 
天下の銘木をふんだんに使い、当代気鋭の大工と建築家、そして庭師が手がけた名作を
何度も何度もため息が出る思いで味わいました。
 
四君子苑は毎年、春と秋に特別公開されています。
あなたも、次の機会に是非、堪能してみてください。
 
北村美術館HP
四君子苑